38 / 63
第二幕 『黒き山と五つの呪詛』
四章-2
しおりを挟む2
青々とした山々の峰を見下ろすというのは、未だになれない光景だ。
黒龍となった流姫さんに跨がって、俺たちは黒水山の更に北側へと向かっていた。墨染お姉ちゃんと多助、次郎坊は流姫さんの周囲を飛んでいる。
今丁度、真下は黒水山の頂だ。
なんでも、風水においては四神相応の地の主山にあたる砂――つまり北側にある山は、その更に北にある山々から龍脈を得ているという。
龍脈とあって、黒水山の先にある山々は、龍を連想するものとなっていた。
黒水山の北側には、山々が龍の背のような起伏を形成している。そして、さらに先にあるのは秀麗な高山だ。
起伏のある山々の左右には、枝分かれをしたような山がある。
この、龍の背に当たる場所を過峡、左右の山を枝脚といって龍の脚を意味するそうだ。
そして秀麗な高山は太祖山といって、龍脈の入り口になっている――。
「という説明で合ってましたっけ!?」
「え!? なんですか、怖い!」
黒龍の背には俺とタマモちゃん、それにアズサさんと、またもや拉致された凰花さんが乗っている。
アスサさんにしっかりと抱きついた凰花さんは、ずっと「怖い」と言っているんだけど……その上気した顔は、にやついているようにしか見えない。
俺はどことなく、頭を抱えたい衝動に駆られながら、もう一度訊ねた。
「主山とかの説明を、タマモちゃんにしてたんですけど! 内容は合ってました!?」
「大体、合ってます! 怖い!」
凰花さんの返答は、芝居がかった悲鳴に近い。アズサさんは大丈夫というように、凰花さんの手をポンポンと振れた。
ちなみに、俺や凰花さんが大声で話をしているのは、流姫さんの飛ぶスピードが速くて、風の鳴る音で互いの声が聞きにくいからだ。
「凰花ちゃんや水御門さんの意見を纏めると、太祖山にあたる高峯山に呪いの根源がある可能性が高いです。そこになければ、過峡にそって黒水山に向かいながら、探すしかないですね」
〝話の最中で悪いが、もう着くよ〟
人里を出てから二時間ほどで、約一五〇キロを移動したことになる。やっぱり浮くんじゃなく、飛んで移動できると早いなぁ。
高峯山は富士山とはいかないけど、山頂は雲の中にあるほどに高い。他の山々に囲まれてよく見えないけど、下側から七割ほどまでは木々が生い茂っているが、そこから先は岩肌が露出していた。
植物が育ちにくいほどの標高を誇る、高山というわけだ。
俺の後ろで、アズサさんが凰花さんの手を掴んでいた。
「凰花ちゃん、凰花ちゃん? 一番怪しいのは、どこだと思いますか?」
「はい! 山頂近くが一番可能性が高いです! 怖い!」
「わかりました。流姫さん、お願いします!」
〝ああ、わかったよ〟
高度を上げつつ、流姫さんは高峯山へと向かい始めた。
途中から、空気がひんやりとしてきた。長袖の作業着を着ている俺はいいけど、巫女装束の凰花さんは、ちょっと寒そうだ。
「アズサさん、寒いです……怖いです……。身体をもっとくっつけてもいいですか?」
「それくらい、別にいいですよ? ほら、遠慮しないで」
「は~い」
怖いと言ってる割に、声は上機嫌だ。
凰花さん、アズサさんのこと好きすぎる。これはもう、確定事項と言って良いだろう。
ふと視線を墨染お姉ちゃんに向けると、そんな凰花さんのことを少し羨ましそうに見てた。
なんだろう……と思っていると、流姫さんが進路を変えた。
〝山頂には、みんなを降ろす場所がないね。下のほうで岩棚を探すよ〟
流姫さんは頂から二〇〇メートルは下にある、広い岩棚で俺たちを降ろした。
すぐに人の姿となった流姫さんは、白い息を吐きながら山の頂を扇いだ。
「さて……ここからどうするんだい? 山頂まで飛べる者だけで行くか……あたしが運んでもいいが、戦いになったときに不便だろう?」
「まずは、呪いの場所を探しましょう。ええっと、これはお姉……アズサさんが?」
凰花さんに訊ねられ、アズサさんは手をパタパタと振りながら俺を見た。
「それは、堅護さんが。それじゃあ、お願いしますね」
「早めに頼むぜ。ここは、寒くてたまらん」
自分の身体を抱くように、両腕をさすっている多助に頷くと、俺は地面に両手をついた。
「神通力――呪い探知」
俺の両手から、地面を伝って神通力が広がっていった。
岩棚全体に広がった神通力が、そのまま山の頂へ――そう感じた直後、俺の中に苦みが伝わって来た。
それも一つではなく、三つ。しかも、近い。
「その、岩棚と山の斜面との境目くらいに……呪いがあるかも。でも、あと二つ、山頂の近くに二つあるみたいです」
「呪いが三つ? どういうことだい?」
「いや、皆目見当もつきません。呪術については、アズサさんか次郎坊か、凰花さんのほうが詳しいですから」
俺が流姫さんに答えると、次郎坊は頭を振った。
わからないらしい次郎坊の視線を受けたアズサさんは、そのまま凰花さんへと振り向いた。
「凰花ちゃん、わかります?」
「えっ! ええっと……その……多分ですけど、山頂の一つが呪いの本体だと思います。あとの二つは……その、わかりません……」
ごめんなさい、アズサさん――と、半泣きで肩を落とす凰花さんは、一瞬だけど俺を睨んできた。
今の凰花さんの目は如実に、
(なんで、わたしが答えられない問いを、こちらに振るんですか――アズサさんのお役に立てなかったじゃないですか!)
と、訴えかけてきていた――気がする。
俺はその視線から逃げるように、歩きながら呪いの方角に指先を向けた。
「あの、呪いの場所を調べてきます」
「堅護さん、待って下さい。あちきも御一緒しますね」
墨染お姉ちゃんが、俺と一緒に来てくれた。二人で並んで呪いの場所に近づくと、そこには若干の湿り気があるのか、黒っぽく変色していた。
俺はしゃがみ込むと、変色した部分に触れた。硬い岩盤を手で撫でながら、掘れそうな場所を探していると、いきなり岩盤の下から白い手が突き出てきた。
「うわっ!?」
手を掴まれる寸前のところで、俺は身体を仰け反らせた。空中を掴んだ白い手の下から、見覚えのある影が姿を現した。
「沙呼朗――さん?」
喜びより、先ほどの驚きが残っていた俺は、尻餅をついた姿勢で、土まみれの沙呼朗を見上げた。
沙呼朗は呼びかけにも応じず、常軌を逸した目つきで俺を見ると、そのまま牙を剥いて飛びかかってきた。
「うわああっ!」
逃れることもできない俺が叫び声をあげたとき、眩い光と熱気を伴った赤い塊が、沙呼朗さんを吹っ飛ばした。
「沙呼朗――目を覚ませ!」
まだ背中に炎が残っている多助が、斜面に背中を打ち付けられてもなお、俺たちを睨み付けている沙呼朗に声をかけた。
しかし、親友である多助の声も、今の沙呼朗には届かないようだ。
「わ……れは、蛟、也。蛟、なり――」
壊れたオモチャのように、同じ言葉を繰り返す沙呼朗の身体から、濃緑色の煙が吹き出し始めた。
「吸うな! 毒だ!!」
多助の声に、墨染お姉ちゃんが即座に反応した。
俺の身体を黒い蔦で絡め取りながら、皆の居る位置まで後退した。
「あ、ありがとう……」
「ううん。良いんですよ。でも、どうしましょう?」
「ここは、俺様に任せな! てめぇらは、山頂の呪いを破壊しろ! 呪いが収まれば、沙呼朗が元にかもしれねぇからな」
多助は拳を握りながら、沙呼朗と対峙する構えをとった。
「堅護さん」
「うん――神通力、黒翼の飛翔」
俺と墨染お姉ちゃん、それに次郎坊と流姫さんは、山頂へと向かい始めた。
岩棚に残ったのはアズサさんと凰花さん、それにタマモちゃんだ。
「助っ人します。あたしたちは、飛べませんから」
「……勝手にしろ」
「む! む! 手伝われてその態度は、むかつくんだな! だな!」
沙呼朗と対峙するみんなを見下ろしながら、俺たちは山頂を目指した。
-----------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回、本文中にて龍脈の経路について書きました。ただ、省いていますが主山から南もちゃんと役割がありまして。
来龍、玄武頂、入首、頭脳、そして〈穴〉の順番となります。
なんの参考にもならないでしょうが、豆知識として一つ。太祖山が一番大きな山ですが、龍の部位としては尻尾っていうのが、ちょっと面白いなと思った次第。
……そんなことを思うのは、中の人だけかもしれませんが。
『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も、どうかよろしくお願いいたします(御辞儀
読んで頂いている方々、いつもありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしく願いします!
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説



あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる