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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

四章-2

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 青々とした山々の峰を見下ろすというのは、未だになれない光景だ。
 黒龍となった流姫さんに跨がって、俺たちは黒水山の更に北側へと向かっていた。墨染お姉ちゃんと多助、次郎坊は流姫さんの周囲を飛んでいる。
 今丁度、真下は黒水山の頂だ。
なんでも、風水においては四神相応の地の主山にあたる砂――つまり北側にある山は、その更に北にある山々から龍脈を得ているという。
 龍脈とあって、黒水山の先にある山々は、龍を連想するものとなっていた。
 黒水山の北側には、山々が龍の背のような起伏を形成している。そして、さらに先にあるのは秀麗な高山だ。
 起伏のある山々の左右には、枝分かれをしたような山がある。
 この、龍の背に当たる場所を過峡、左右の山を枝脚といって龍の脚を意味するそうだ。
 そして秀麗な高山は太祖山といって、龍脈の入り口になっている――。


「という説明で合ってましたっけ!?」


「え!? なんですか、怖い!」


 黒龍の背には俺とタマモちゃん、それにアズサさんと、またもや拉致された凰花さんが乗っている。
 アスサさんにしっかりと抱きついた凰花さんは、ずっと「怖い」と言っているんだけど……その上気した顔は、にやついているようにしか見えない。
 俺はどことなく、頭を抱えたい衝動に駆られながら、もう一度訊ねた。


「主山とかの説明を、タマモちゃんにしてたんですけど! 内容は合ってました!?」


「大体、合ってます! 怖い!」


 凰花さんの返答は、芝居がかった悲鳴に近い。アズサさんは大丈夫というように、凰花さんの手をポンポンと振れた。
 ちなみに、俺や凰花さんが大声で話をしているのは、流姫さんの飛ぶスピードが速くて、風の鳴る音で互いの声が聞きにくいからだ。


「凰花ちゃんや水御門さんの意見を纏めると、太祖山にあたる高峯山に呪いの根源がある可能性が高いです。そこになければ、過峡にそって黒水山に向かいながら、探すしかないですね」


〝話の最中で悪いが、もう着くよ〟


 人里を出てから二時間ほどで、約一五〇キロを移動したことになる。やっぱり浮くんじゃなく、飛んで移動できると早いなぁ。
 高峯山は富士山とはいかないけど、山頂は雲の中にあるほどに高い。他の山々に囲まれてよく見えないけど、下側から七割ほどまでは木々が生い茂っているが、そこから先は岩肌が露出していた。
 植物が育ちにくいほどの標高を誇る、高山というわけだ。
 俺の後ろで、アズサさんが凰花さんの手を掴んでいた。


「凰花ちゃん、凰花ちゃん? 一番怪しいのは、どこだと思いますか?」


「はい! 山頂近くが一番可能性が高いです! 怖い!」


「わかりました。流姫さん、お願いします!」


〝ああ、わかったよ〟


 高度を上げつつ、流姫さんは高峯山へと向かい始めた。
 途中から、空気がひんやりとしてきた。長袖の作業着を着ている俺はいいけど、巫女装束の凰花さんは、ちょっと寒そうだ。


「アズサさん、寒いです……怖いです……。身体をもっとくっつけてもいいですか?」


「それくらい、別にいいですよ? ほら、遠慮しないで」


「は~い」


 怖いと言ってる割に、声は上機嫌だ。
 凰花さん、アズサさんのこと好きすぎる。これはもう、確定事項と言って良いだろう。
 ふと視線を墨染お姉ちゃんに向けると、そんな凰花さんのことを少し羨ましそうに見てた。
 なんだろう……と思っていると、流姫さんが進路を変えた。


〝山頂には、みんなを降ろす場所がないね。下のほうで岩棚を探すよ〟


 流姫さんは頂から二〇〇メートルは下にある、広い岩棚で俺たちを降ろした。
 すぐに人の姿となった流姫さんは、白い息を吐きながら山の頂を扇いだ。


 「さて……ここからどうするんだい? 山頂まで飛べる者だけで行くか……あたしが運んでもいいが、戦いになったときに不便だろう?」


「まずは、呪いの場所を探しましょう。ええっと、これはお姉……アズサさんが?」


 凰花さんに訊ねられ、アズサさんは手をパタパタと振りながら俺を見た。


「それは、堅護さんが。それじゃあ、お願いしますね」


「早めに頼むぜ。ここは、寒くてたまらん」


 自分の身体を抱くように、両腕をさすっている多助に頷くと、俺は地面に両手をついた。


「神通力――呪い探知」


 俺の両手から、地面を伝って神通力が広がっていった。
 岩棚全体に広がった神通力が、そのまま山の頂へ――そう感じた直後、俺の中に苦みが伝わって来た。
 それも一つではなく、三つ。しかも、近い。


「その、岩棚と山の斜面との境目くらいに……呪いがあるかも。でも、あと二つ、山頂の近くに二つあるみたいです」


「呪いが三つ? どういうことだい?」


「いや、皆目見当もつきません。呪術については、アズサさんか次郎坊か、凰花さんのほうが詳しいですから」


 俺が流姫さんに答えると、次郎坊は頭を振った。
 わからないらしい次郎坊の視線を受けたアズサさんは、そのまま凰花さんへと振り向いた。


「凰花ちゃん、わかります?」


「えっ! ええっと……その……多分ですけど、山頂の一つが呪いの本体だと思います。あとの二つは……その、わかりません……」
 ごめんなさい、アズサさん――と、半泣きで肩を落とす凰花さんは、一瞬だけど俺を睨んできた。
 今の凰花さんの目は如実に、


(なんで、わたしが答えられない問いを、こちらに振るんですか――アズサさんのお役に立てなかったじゃないですか!)


 と、訴えかけてきていた――気がする。
 俺はその視線から逃げるように、歩きながら呪いの方角に指先を向けた。


「あの、呪いの場所を調べてきます」


「堅護さん、待って下さい。あちきも御一緒しますね」


 墨染お姉ちゃんが、俺と一緒に来てくれた。二人で並んで呪いの場所に近づくと、そこには若干の湿り気があるのか、黒っぽく変色していた。
 俺はしゃがみ込むと、変色した部分に触れた。硬い岩盤を手で撫でながら、掘れそうな場所を探していると、いきなり岩盤の下から白い手が突き出てきた。


「うわっ!?」


 手を掴まれる寸前のところで、俺は身体を仰け反らせた。空中を掴んだ白い手の下から、見覚えのある影が姿を現した。


「沙呼朗――さん?」


 喜びより、先ほどの驚きが残っていた俺は、尻餅をついた姿勢で、土まみれの沙呼朗を見上げた。
 沙呼朗は呼びかけにも応じず、常軌を逸した目つきで俺を見ると、そのまま牙を剥いて飛びかかってきた。


「うわああっ!」


 逃れることもできない俺が叫び声をあげたとき、眩い光と熱気を伴った赤い塊が、沙呼朗さんを吹っ飛ばした。


「沙呼朗――目を覚ませ!」


 まだ背中に炎が残っている多助が、斜面に背中を打ち付けられてもなお、俺たちを睨み付けている沙呼朗に声をかけた。
 しかし、親友である多助の声も、今の沙呼朗には届かないようだ。


「わ……れは、蛟、也。蛟、なり――」


 壊れたオモチャのように、同じ言葉を繰り返す沙呼朗の身体から、濃緑色の煙が吹き出し始めた。


「吸うな! 毒だ!!」


 多助の声に、墨染お姉ちゃんが即座に反応した。
 俺の身体を黒い蔦で絡め取りながら、皆の居る位置まで後退した。


「あ、ありがとう……」


「ううん。良いんですよ。でも、どうしましょう?」


「ここは、俺様に任せな! てめぇらは、山頂の呪いを破壊しろ! 呪いが収まれば、沙呼朗が元にかもしれねぇからな」


 多助は拳を握りながら、沙呼朗と対峙する構えをとった。


「堅護さん」


「うん――神通力、黒翼の飛翔」


 俺と墨染お姉ちゃん、それに次郎坊と流姫さんは、山頂へと向かい始めた。
 岩棚に残ったのはアズサさんと凰花さん、それにタマモちゃんだ。


「助っ人します。あたしたちは、飛べませんから」


「……勝手にしろ」


「む! む! 手伝われてその態度は、むかつくんだな! だな!」


 沙呼朗と対峙するみんなを見下ろしながら、俺たちは山頂を目指した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、本文中にて龍脈の経路について書きました。ただ、省いていますが主山から南もちゃんと役割がありまして。
来龍、玄武頂、入首、頭脳、そして〈穴〉の順番となります。
なんの参考にもならないでしょうが、豆知識として一つ。太祖山が一番大きな山ですが、龍の部位としては尻尾っていうのが、ちょっと面白いなと思った次第。

……そんなことを思うのは、中の人だけかもしれませんが。

『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も、どうかよろしくお願いいたします(御辞儀
読んで頂いている方々、いつもありがとうございます。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしく願いします!
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