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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』
三章-4
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黒水山に向かっていた俺と恋子さんは、その途中で鎌鼬のナカゴからの報告を受けた。
「墨染の君とアズサ殿、呪具の回収が終わりまして御座います」
「早いなぁ……うん。ありがとう」
「は――」
返事の途中で、ナカゴの姿が消えた。
次の目的地へ移動したらしいけど……こっちからの伝言を聞いてくれないのは、ちょっと不便。
「……やはり、徒歩では時間がかかりますね」
「それは仕方ないですよ。麓まで、あと一時間はかかりますからね。そこから呪いを探すとなると、本当に一日仕事ですよね……」
アズサさんや流姫さんから、猿やその護衛っぽい妖の居場所を聞いているとはいえ、先のことを考えると憂鬱でしかない。
あと、〈穴〉からの距離が遠いっていうのも難点だ。歩いているだけなら、ほとんど疲れないっていうのは助かるけど……本当に、人間離れしてってるなぁ。
それから、ほぼ予想通りの時間に黒水山の麓まで到着。獣道を進んだ俺と恋子さんは、アズサさんたちが猿と遭遇したと思しき場所に辿り着いた。
「……アズサ殿が言うには、ここから北側が怪しいようです」
「わかりました。ちょっと調べてみます」
俺は北側を向き直ると、右手を地面につけた。
そして深呼吸をしてから、意識を体内の黄龍に向けた。
「神通力――呪い探知」
黄龍の力に乗って、神通力が広がっていくのがわかる。そしてアズサさんの予想通り、北の方角に呪いの苦みを感じ取ることができた。
俺は立ち上がると、恋子さんと北側の森に入った。
北側の森は、今まで通ってきた森よりも木の密度は低いみたいで、日差しもかなり差し込んでいる。
日の沈み具合から、もう夕方が近い。夜になる前に呪いを見つけたいけど……無理な気がするなぁ。
俺と恋子さんが森の中を進んでいると、所々で木の幹に傷がある場所に出た。傷は木の幹だけでなく、枝が斬られた箇所も多い。
しんと静まり返った森を進んでいると、恋子さんが口を開いた。
「……アズサ殿の式が倒された場所でしょうか」
「あ、そうかもですね。この辺りで、覆面の妖が出たのか……?」
「……そうかもしれません。用心をしておきましょう」
恋子さんは袖口から取り出した、アズサさんから貰った霊符を手にした。
俺も呼吸を整えながら歩いていると、風も無いのに枝葉が鳴る音がした。獣や鳥の鳴き声がないので、そんな微かな音も聞き取れる。
「……鳥の囀りも聞こえないんですね、ここは。異様すぎます」
「言われてみれば、確かに」
恋子さんの言うとおりだ。開発が進んだ人界の森じゃないんだから、鳥や獣の声がしないなんて、妖界ではありえない。
俺が枝葉の音がするほうを見上げると、白い覆面をした四本腕の異形が、木の枝の上で佇んでいた。
異形は俺たちへぎこちなく首を向けると、四つの手で苦無いを握った。
「き……貴様たちには、死んで貰う」
「それは勘弁したい……けどな」
飛びかかってくる異形に対し、俺は右手を突き出した。
「神通力――三鈷杵射出!」
俺の手から生み出された、のっぺりとした三鈷杵が異形へと撃ち出された。三鈷杵は空中にいる異形に命中した。
異形は三鈷杵の勢いに負けたのか、真下にある低木の上に落ちた。
やった……かな?
俺が注視していると、三鈷杵が突き刺さったままの異形は、勢いよく立ち上がった。倒れたときに枝に引っかかったのか、覆面がバサリと落ちた。
「うげ……一発じゃ斃せないのか」
「……烏森堅護殿。黄龍の力を乗せないと、斃せないのでは? あの顔を見て下さい」
恋子さんに言われて見てみると、異形の覆面の下には蛙の頭部があった。
水関係の生物……あ、水行ってことか。相剋の関係だから、土行である黄龍の力を使わないと駄目なのか。
手に黄龍の力を集めるよう、意識を凝らした。
「神通力――三鈷杵射出!」
俺は黄龍の力を乗せた三鈷杵を放ったけど、異形は易々と躱してしまった。
「うっそ――」
「……烏森堅護殿、援護致します」
「援護って……恋子さん、戦えるんですか?」
「……正直、戦いには向いていません。ですが、そうも言っていられる状況でもありません」
そう言って、周囲を見回す恋子さんの視線が、合計十二体の異形を捉えていた。間近まで迫っている一体に、時間を取られるわけにはいかない状況だ。
手にしている霊符を顔の前まで掲げた恋子さんから、淡い妖気が溢れだした。
「……妖力――模写速筆」
恋子さんが呟いた直後、髪の毛がめまぐるしく動き始めた。無数に生み出される白紙の紙に、髪の毛の先が霊符と同じ内容を記し始めた。
「……一枚が二枚から、二枚が四枚、四枚が十六枚、十六枚が二五六枚――」
倍々どころか、二乗づつ増加していく霊符は、木々のあいだを縫うように広がっていった。異形たちはそれぞれに避けようとしたが、すでに霊符は隙間も無いほどの増殖していた。
腕や足、胴体――それぞれに霊符が貼り付いた異形たちは、身動きを封じられ、地面に倒れていった。
硬直した異形たちを見回した恋子さんは、俺を振り返った。
「……どうぞ」
「え? あ、はい……」
俺の出番、無くてもいいんじゃないか? そう思わせるほどの妖力だった。
俺は改めて、両手に黄龍の力を集めた。
「神通力――三鈷杵乱舞」
俺に出来るだけの三鈷杵を造り出すと、俺は一斉に撃ち出した。三鈷杵が突き刺さった異形たちは、即座に身体が解け、人形に切られた紙へと変わってしまった。
「……なるほど。式神というものですね」
「これが……そうなんですか」
「……恐らく。それより、先に進みましょう」
状況を確認するよりも前に、恋子さんに先を促されてしまった。
異形――式神たちを斃した場所から、数百メートルほど進むと、盛り土の上に三つの石が積まれた場所に出た。
俺が改めて呪いを探知してみると、盛り土の増したから強い苦みを感じた。
「これかな?」
「……なら、掘り返して見て下さい」
あ、そういう役目は、やっぱり俺なんだ。
俺はイヤイヤながら、盛り土の石をどかした。背後から恋子さんの「……あ」という声が聞こえてきたのは、そんなときだ。
振り返った俺は、木々の上から飛び降りた黒い鼻頭の猿の姿をみた。
ヤバイ――と思ったときには、すでに俺は猿に押し倒されていた。
〝油断したなっ!! このまま殺してやるぜ〟
「くそっ!」
俺は抵抗しようとしたけど、猿の力が強すぎた。
牙を剥いて俺の首筋を狙ってきた黒鼻の猿は、急に苦悶の声をあげた。
「堅護さん!」
上空にいた墨染お姉ちゃんが、黒い蔓を伸ばして黒鼻の猿を拘束していた。
その姿を見た直後、金属バットを持ったアズサさんが突っ込んできた。
「ごーるどぶれいかーっ!!」
アズサさんの一撃を受けた黒鼻の猿は、数メートルほど吹っ飛ばされた。木の幹に身体を強く打ち付けた猿は、そのまま身動きをしなくなった。
もしかして……死んだ?
そう思って見ていると、黒鼻の猿は灰となって、風に散ってしまった。
「堅護さん、大丈夫ですか?」
「え? あ――うん。大丈夫。あ、あの……あの猿はどうなった……の?」
「凶暴そうでしたので、斃しました。あまり気は進みませんけれど……今回は仕方が無いです」
アズサさんは俺が曖昧に頷くと、恋子さんに声をかけた。
「恋子さん、大丈夫ですか?」
「はい。先ほどの一幕で、ちょっと萌えた自分がいます」
「……ああ、なるほど」
なにが「なるほど」なんだろう?
呪具である壺を回収した俺たちは、人里に帰ることになったけど……俺の胸中は晴れないままだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんか、時間がかかったな……と思いきや、まさかの2900オーバー。
予定より、五〇〇文字くらい多くなりました。
働き方改革関係で、仕事の休みについて話があったんですが。結果的に、「まだ未定」との返答で。ここいらで休みが欲しいのに……と思った、今日のお昼休み。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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