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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

二章-3

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   3

 黒龍となった流姫さんは、アズサさんと黒水山へ行ってしまった。
 そうなると、移動は徒歩ということに――ならなかった。


「堅護さん、あちきの手を掴んでいて下さいね」


 神通力で生み出した黒い翼を使って身体を浮かせた俺は、空中にいた墨染お姉ちゃんの手を握った。
 柔らかい手の感触に赤面していると、墨染お姉ちゃんは俺に微笑みかけてきた。
 俺はまだ、ふよふよとした感じでしか、飛ぶことができない。その特訓を兼ねて、空の上から猿神を探すつもりだ。
 それはいいんだけど……こんな歩くよりも遅い飛び方で、猿神を見つけることができるんだろうか?
 そんな疑問を口にしたら、墨染お姉ちゃんは「手掛かりもないことですし、気長にいきましょう?」と、呑気な返答が返ってきた。
 手掛かりがないのは、まさしくその通りなんだけど。
 とりあえず、俺と墨染お姉ちゃんは、黒水山の南側――鬼の住処である〈穴〉の周辺から、捜索を始めるつもりだ。
 昼ご飯を食べてからだから……鬼の住処の近くまで来たころには、もう夕方が近かった。
 ここまで、およそ三時間ほど。歩いて来たほうが、早かったかもしれないくらいだ。ゆっくりと地面の上に降りると同時に、俺は緊張を解いた。
 盛大な溜息を吐いた俺に、墨染お姉ちゃんが優しげに微笑んだ。


「お疲れ様です、堅護さん。空を飛ぶのにも、少し慣れてきましたね」


「そうかな? 墨染お姉ちゃんが、手を引いてくれたおかげだと思うけど……」


「まあ。もっと自信を持って下さいな」


 微笑む墨染お姉ちゃんに、俺は顔を真っ赤にさせながら頷いた。
 俺たちが地上に降りたのは、鬼たちが住む集落の近くだ。ここは風水でいう四神相応の地の中心部である〈穴〉のある場所でもあるんだ。
 改めて、俺は視線を道の奥へと目を向けた。
 木々に囲まれるように、木製の門が見える。あの門の先が、鬼たちの集落だ。俺はうんざりとしながら、墨染お姉ちゃんを振り返った。


「それじゃあ、行こう」


「ええ。ですが、気をつけましょうね。嶺花殿と約束をしたとはいえ、あちきたちに怨みを持っているでしょうから」


「それは……イヤっていうほど経験したから」


 俺は嶺花さんの命令で、三回ほど鬼の集落に来たことがある。
 そのとき周囲にいた鬼たちから、まるで親の敵に向けるような視線を浴びる羽目になったんだ。
 実際、彼らの首魁である土鬼を浄化させてしまったから、『親の敵』というのも、あながち間違いじゃないんだけど。
 俺はそんな記憶を頭から振り払いながら、門へと歩き始めた。


「止まれっ!! ここからは、我らが領域。用無き者は通ること、まかりならぬ!」


 門番の声が、辺りに響いた。
 俺は深呼吸をしてから、門の上から頭を出している、青い顔の鬼に告げた。


「人里から、山女の嶺花さんの使いだ! この先にある〈穴〉の周囲を調べたい。烏森堅護と墨染お姉ちゃん、この二名を通して欲しい」


 俺が大声で返すと、門番の顔が引っ込んだ。
 しばらくすると、大きな音を立てながら門が開いた。だが、俺と墨染お姉ちゃんを中に通すためじゃない。
 開かれた門から、ハリネズミを太った人の形にしたような妖が出てきた。元は金鬼という鬼だったが、呪が解けて豪猪という妖に戻っている。風水や四神相応の地に関係のある、白虎の加護を得た妖怪だ。
 大勢の鬼たちを引き連れた豪猪は、俺と墨染お姉ちゃんとを交互に見ると、猪に似た鼻を鳴らした。


「なにしに来た。二人仲良く、乳繰り合う場所じゃねぇぞ、ここは」


「乳繰り合うって……そんなことしない……です」


 俺が真っ赤になって否定すると、豪猪は冷たい目を向けてきた。


「行商の護りって訳でもねぇみたいだしな。なんのようだ?」


「……さっきも言ったけど、〈穴〉の周囲を調べたい……っと、調べたいんです」


「なんで〈穴〉を調べる……そうか。そういえば、この辺りの陰気が強くなってきてるしな。その原因を調べているのか?」


 こちらの事情を察した豪猪に、俺は頷いた。


「そういうこと……なんです。といっても、鬼たちを疑っているわけじゃなくて……猿神って妖が、やっていることみたいなんで」


 俺の説明を聞いて、豪猪はあからさまに不機嫌な顔をした。
 腕を組み、苛立ちを抑えるように身体を揺らしながら、俺を睨んできた。


「つまり、てめぇが黄龍としての役目を果たしてねぇだけだろ。土鬼様が黄龍の加護を得ていたら、こんなことにはならなかっただろうぜ」


 豪猪の辛辣な言葉に、俺は反論の言葉を返せなかった。
 黄龍の力どころか、前世――か、御先祖の天狗から受け継いだ神通力でさえ、まだ修行中の身だ。
 実力不足と言われれば、まったくもって、その通りなわけだ。


「そうかもしれないけど……だから、今こうして動いているんだ……動いているんです」


 数秒をかけて返答をした俺に、豪猪は門の奥へと顎をしゃくった。


「ま、てめぇのことは、どうでもいい。さっさと調べて、帰ってくれ」


 豪猪が踵を返すと、周囲にいた鬼たちがざわめいた。


「金鬼、いいのか?」


「勝手にやらせておけ」


 ゾロゾロと鬼たちが門の中へと戻って行く。俺と墨染お姉ちゃんは、鬼たちのあとから門の中に入っていった。
 鬼たちの視線を感じつつ、俺たちは土鬼との戦いを繰り広げた〈穴〉へと辿り着いた。
 地面に空いた大穴に近寄ると、俺は頭痛に襲われた。でも、我慢できない程じゃない――そう思っていたら、墨染お姉ちゃんがふらついた。


「墨染お姉ちゃん……大丈夫?」


「ごめんなさい、堅護さん。青龍は陽気が強いから、その影響で、あちきは陰気に弱くて……」


「そうなんだ……早く終わらせて、今日は帰ろう」


 俺は墨染お姉ちゃんを座らせると、地面に手をついた。
 この前と同じ要領で、俺は黄龍の力を意識した。


「神通力、呪い探知」


 黄龍の力が、俺の手から放たれた。
 苦みに似た感覚が、東西南北の方向から伝わって来た。その途端、俺は吐き気に襲われた。
 実際に吐きはしなかったけど、俺の集中力は完全に途切れてしまった。


「堅護さん……黄龍は陰と陽の両方を含むのに。そこまで強い陰気なんですね……」


「い、陰気は強い……みたい。けど、呪いは四方から感じたよ。そこに、別れた猿神もいるのかな……北は黒水山があるよね。あっちに行った人たち、大丈夫かな」


「戻ったら、嶺花殿に聞きましょう?」


 体調が悪いのか、墨染お姉ちゃんはぐったりとしている。
 呪いは、〈穴〉から東西南北の方角にあるってことは、なんとなくわかった。
 俺は墨染お姉ちゃんを支えながら、出来るだけ急いで〈穴〉から離れた。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

陰陽道において。五神は季節とか、色々なものを割り振られていたりします。
本文中でもあるように、黄龍は陰と陽を含む特殊性があったりします。ただすべてを含むwけではなく、季節などは割り振られていません。
こういうところも、特殊ですね。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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