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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』
一章-2
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人の姿となった黒龍の美女は、流姫と名乗った。
「北を治め、鎮護する黒龍王様の眷属と覚えておきなさい」
俺は「へーそうなんだ」と思っただけだったけど、アズサさんは大慌て、墨染お姉ちゃんも驚いた顔をしていた。
あれやこれやというあいだに、流姫さんは嶺花さんの屋敷に招かれた。
「黒龍王様の眷属殿が、御自らお出ましとは。異変を報せていただき、感謝の言葉もございませぬ」
茶色い着物姿の彼女は、妖の山女である嶺花さん。普段は毛先の揃っていないボサボサの髪に目つきのきつい、サドッ気のある風体だ。
その嶺花さんが、流姫さんへと土下座をしていた。
普段は嶺花さんのいる、重なった畳の上に座した流姫さんは、アズサさんが差し出したお茶を一口飲んでから、鷹揚に頷いてみせた。
「そこまで感謝されるとではないさ。山女の嶺花よ。顔を上げよ。先ほど、そこのアズサとやらに事情を聞いて、おおよその状況は理解した」
一瞬だけ、流姫さんは嶺花さんの背後で正座をしている俺を一瞥した。
俺の右隣には墨染お姉ちゃん。アズサさんは嶺花さんの左で、同じように土下座をしている。
そして嶺花さんの右には、水の満たされたタライがある。そのタライの上には、人界にいる陰陽師、水御門政巳さんの姿がうっすらと浮かび上がっていた。
背広を着た水御門さんは、両手を膝に置いた姿勢で僅かに頭を下げていた。
水御門さんも神妙な顔をしていることから、それだけ黒龍である流姫さんの身分が高いということが、俺でもわかった。
流姫さんは、ふう、と息を吐いた。
「人界から来て、まだ一ヶ月足らずとはね。それでよく、あの土鬼を倒したものだ」
「あの、土鬼を……知ってるんですか?」
俺の問いに、流姫さんは「当然だろ?」と大袈裟な吐息をついた。
「土鬼のせいで、周囲の陰気が増したからねぇ。現状は土鬼の頃より変化は穏やかに進んじゃいるが、影響はヤツのときより大きくなっている。人里での喧嘩や揉め事は、増えていないかい?」
逆に問われた俺は、この前のことを思い出した。
ほんの三日ほど前に、人里で起きた喧嘩の仲裁をしたばかりだ。俺が仲裁をした喧嘩以外にも、揉め事なんかは増加しているという話だ。
「……まだ比較はできませんけど。でも、俺が妖界に来たときよりも、増えているという話は聞いています」
「まあ、そういうことさね。陰気が増えると、こういう揉め事も増えてくる」
「それじゃあ、陰気を無くして、陽気……でしたっけ? それを増やせばいいんですか?」
「それは、違う」
流姫さんに、あっさりと考えを否定されてしまった。なぜ否定されたのかを理解できていない俺へと、アズサさんは身体の向きを変えた。
どうやら、嶺花さんから目配せされたみたいだ。
「それでは堅護さん、ご説明します。陰陽という言葉があるんですが、これらはどちらも欠けることのできない存在なんです。確かに陰気が増えるというのは、良くない状況です。それは、陽気だけがが増えすぎても同じです」
「え? 陽気は良いことじゃないんですか?」
「そういうイメージ……ああっと――印象はあると思います。ですが陰陽の関係としては、お互いの均衡が重要なんです。たとえば、男女も陽と陰に区分されています。男性が陽で、女性が陰ですね。このどちらかが欠けても、人類は存続できません……っていう例えなら、理解できますか?」
「なんとなく……ですけど。でも、均衡が大切っていうなら、俺はなにをすればいいんですか? 俺、開口一番に怒られてますけど」
「あんたね……原因を突き止めて、排除。それ以外に、なにがあるっていうんだい?」
アズサさんへの質問だったけど、流姫さんが先に答えた。言外に「察しの悪い」という言葉の含まれた返答に、俺としては恐縮するしかない。
嶺花さんは、僅かに苦笑していたようだが、すぐに笑みを消して水御門さんへと顔を向けた。
「問題は、どこで異変が起きたのか――ということだね。水御門殿、見当はつくかい?」
「いえ……人界からでは、現地の状況を感じられませんので。ここは、現地の者を頼られたほうがいいでしょう。人づてになりますが、連絡は入れておきます」
「現地の者……あいつか。ちょっと苦手だねぇ」
嶺花さんはうんざりとした顔で、やや視線を上に向けた。
*
人里の南端には周囲を木々で囲われた、小さな神社がある。石造りで直線的な形状の神明鳥居に、神を祭る神殿と拝殿、それに住居を兼ねた社務所があるだけだ。
その拝殿で、少女が床の雑巾掛けをしていた。
白い小袖に朱色の平袴――左右が独立した袴だ――、それに白い足袋という、俗に言う巫女装束姿で、背中の中程まである黒髪を和紙で纏め、水引という紐で縛っている。
やや勝ち気な顔には、泣きぼくろが一つ。
鎮宅霊符尊神を奉る泰山神社の巫女兼、宮司という立場の少女だ。
拝殿の隅には雑巾を絞る水桶とは別に、水で満たされた桶が置かれていた。もうすぐ床磨きが終わるというころ、水桶から光が溢れた。
身体の透き通った、齢六〇を超えた老婆が、水桶の上に姿を現した。浅葱色の着物を着て、まだ僅かに黒髪の残った白髪を後ろで束ねている。
老婆は険しい顔で、視線を左右に動かした。
「……吉備凰花。凰花はいないの?」
「火御門様?」
凰花と呼ばれた少女は老婆の前へと小走りに駆け寄ると、すぐさま正座をして、最敬礼をした。
「火御門家頭領、礼子様。お久しゅう御座います」
「ええ。久しぶりね。息災なようでなにより。それより、あなたにお願いがあるの。もうすぐ人里の長、嶺花の使いがそちらへ向かうわ。彼らに協力をしてあげて頂戴」
「嶺花殿の使い……あちらは、水御門家に縁があるのではありませんか?」
頭を上げてから質問をした凰花に、火御門は小さく頷いた。
「ええ。だけど、今回は現地にいる者でないと、対処が難しいみたいなの。水御門家の手柄に力を貸すのは不本意だけれど、貸しを作るのは悪くないわ。嶺花の使いは……玉藻に樹霊の妖、黄龍の加護を得た天狗――烏森と言ったかしら。凰花は聞いたことある?」
「……はい。最近、妖界に来た者だそうです」
「そう。ならいいわ。その烏森と、アズサ」
最後の名を聞いて、凰花の目が僅かに見開いた。
少し深く息を吸ってから、凰花は火御門に僅かに頭を下げた。
「畏まりました。吉備凰花、吉備家の当主である火御門様からの使命、必ずや果たしてご覧にいれます」
「ええ。ただ、今回は助言だけすればいいわ。あまり気負わないように」
「――はい」
凰花が最敬礼をすると、火御門の姿は消えた。
凰花は立ち上がると、掃除道具を片付けてから拝殿を出た。まだ神社の外にアズサたちの姿が見えないのを横目に確かめながら、社務所へと入った。
「えっと……まずは、お茶の準備をしなきゃ。あとは……お茶菓子、お茶菓子……ああ!」
棚を開けた凰花が、悲鳴に近い声をあげた。
「お茶菓子……切らしてたの忘れてた」
絶望感に打ち拉がれたように、凰花はガックリと膝から崩れ落ちた。しかし懐から人形を取り出すと、両手で挟み込むように包んでから、呪言を唱えた。
フッと息を吹くように放った人形は、地面に落ちる頃には袴姿の童子――式神だ――の姿になっていた。
「いい? 権門さんのお茶屋に行って、おまんじゅう……じゃない。これで、団子を買えるだけ買ってきて。急いでね」
銅銭の入った小袋を渡すと、式神は小走りに社務所から出て行った。
式神を見送ることなく押し入れに駆け寄った凰花は、中から七枚の座布団を取り出した。
「時間ない時間ない、ああ、もっとまめに掃除しておけば良かったよぉ」
どこか半泣きになりながら、凰花は社務所の大掃除を始めていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回出てきた神社ですが、存在自体は前回の一章-2にも出ています。と言っても、鳥居だけではありますが。
文字数もギリギリ予定通りです。85文字程度は誤差ということで。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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