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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました
四章-3
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「負けた以上は、もう抵抗はしねぇ」
金鬼――豪猪の言葉に偽りはなく、麻痺毒と蔦で拘束されたまま、藻掻くこともしなかった。味方にはなってくれなかったけど、そこは贅沢はいえないんだろうな。
すぐに土鬼の元へ行くべきなんだろうけど、俺たちもすぐには動けない。鬼の集団と戦った多助たちは傷だらけで、体力も使い果たしていた。
今は地面に座って、疲弊した身体を休めている。タマモちゃんも尻尾に酷い怪我を負ったし、俺も左肩と右の太股を負傷している。
出血はアズサさんの霊符で止まったけど、傷口はまだ痛む。まだ立ち上がれずにいた俺に、アズサさんが聞いてきた。
「でも、なんでミカンを持ってきてたんですか? 石とかのほうが、良かったんじゃ?」
「あ、いやその……豆知識程度のヤツなんですけど。ミカンとかトマトって、水分が豊富じゃないですか。水って圧縮されにくくて……ええっと、食材を潰したりする調理法には向かないんですよね」
「えっと? 話が見えないんですけど」
「あ、ごめんなさい。つまり……凄い速度で板にぶつけた場合に、貫通力の強い食材というかですね。芋類とかはすぐに砕けますし。ほら、高いところから水面に落ちると、コンクリート並の堅さになるってヤツ。あんな感じになるみたいで……緊急時に、手頃な石とか見つかるか、わからななかったので」
……説明下手で、ごめんなさい。
心の中で謝ったけど、アズサさんはなんとなく察してくれたみたいだ。
「要するに、攻撃手段を増やしたかったってことですね」
俺がうんうん、といった感じに首を振ると、アズサさんは溜息交じりに苦笑した。
「まあ、食材をそういうふうに使うのは抵抗ありますけど……そんなの、どこで知ったんです?」
「あ、いえ、授業のときに先生が雑談話で言ってたのを思い出して……」
話をしているあいだに、少しだけど痛みも和らいできた。
俺が立ち上がると、墨染お姉ちゃんが身体を支えてくれた。脚の芯の部分――だと、骨かもしれないけど、そこがまだ、かなり痛む。
「あ、ありがとう」
礼を言った俺に、墨染お姉ちゃんが微笑み返してくれた。視線を戻したとき、俺は門の奥で何かが光っていることに気づいた。黄金色に輝くその光を見ていると、俺の中でなにかが、ドクン――と脈打った。
何故だろうか、妙に血がたぎる。
「急がなきゃ」
無意識に、俺の口から言葉が漏れた。
「堅護さん、どうしたんです?」
「わからないけど……急いで奥に行かなきゃって気がして」
俺が首を捻っていると、沙呼朗が顔を上げた。
「儀式に進展があったのかもしれぬ」
「そうなの? なんだろう……直感ってヤツなのかな?」
「それは……わからぬ。だが、急いだ方が良かろう」
次郎坊は立ち上がろうとしたけど、ふらついたのか片膝をついてしまった。多助や沙呼朗も、すぐに動けそうにない。
動けそうなのは――。
「俺……俺が、行きます。行かなきゃいけない気がするんです」
「堅護さん一人じゃ無理よ。あちきも一緒に行きますね。そちらの方々はどうなされます?」
「あたし、無理無理……」
「みなさんの止血を終えたら、あとを追いますから」
アズサさんは返事をしながら、タマモちゃんの尻尾に霊符を貼っていった。そうなると、奥に行けるのは俺と墨染お姉ちゃんだけか……。
「時間がないかもしれないわ。堅護さん、急ぎましょ?」
「……うん」
俺は頷くと、右脚を庇いながら先を進んだ。
門の中は、左右に数多くの洞穴がある岩場だった。墨染お姉ちゃんが言うには、洞穴は鬼の住処となっているみたいだ。
木の門が見えてきたとき、墨染お姉ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。
「堅護さん、もし……怖ければ、逃げてもいいのよ? 堅護さんには、この戦いに参加する意義がありませんもの。だから……もし戦うのがイヤなら、あちきも一緒に逃げてあげる。ずっと、一緒にいますから……ね?」
諭すような墨染お姉ちゃんの言葉に、俺の心は揺れた。
俺が妖界に来たこと自体、多分だけど事故みたいなものだし。アズサさんたちと〈穴〉を目指していたのだって、墨染お姉ちゃんに会いたかったのが一番の理由だ。
多助と沙呼朗を元に戻したことで、墨染お姉ちゃんが隠れなければならない理由は、大半がなくなったって話だ。そうなると俺が戦う理由は、ほとんどない。
ほとんどないんだけど……ここでの生活で、少しだけど出会った人たちがいる。そして、今後の不安だって残っている。
俺は墨染お姉ちゃんへ、首を左右に振った。
「そう言ってくれて、すごい嬉しい。嬉しいけど……きっと駄目なんだよ。ここで逃げたら、きっと土鬼はまた、墨染お姉ちゃんたちを鬼にすると思うんだ。そして、儀式というのを完成させる。ここで終わらさないと、逃げても一緒かもしれない」
立ち止まったまま、静かに俺の言葉を聞いてくれている墨染お姉ちゃんに、俺は小さく微笑んだ。心配いらないって、安心してもらえるように。
「だから、俺は行くよ。なんの心配もいらなくなってから、墨染お姉ちゃんに御菓子を食べて欲しいし」
「堅護さん……」
墨染お姉ちゃんは俺の頬を手で撫でてから、黒く澄んだ瞳で見つめてきた。
手を――指先だけを一秒ほど残してから――離した墨染お姉ちゃんは、微かに微笑んだ。
「ごめんなさいね。堅護さんは強いお人だって、わかっていたのに。あちきは、堅護さんの味方ですから。だから、あちきも共に参ります」
「うん……ありがとう」
俺と墨染お姉ちゃんは頷き合うと、木の門の奥へと進んだ。
雑草が生えているだけの岩場を進んでいると、岩の隙間から突風が吹き込んできた。肌を撫でる風はどこか心地良く、浴びているだけで気分が落ち着いてくる感じだ。
「〈穴〉から吹き出す風……こんなに強いのは、初めて」
緊張した面持ちの墨染お姉ちゃんと、俺は岩の間を通り抜けた。
やがて――俺たちは大きく開いた大穴の縁に辿り着いた。直径は五メートルほどの縦穴は深く、底が見えない。
俺たちのいる場所の反対側に、黒い束帯――というのか、平安時代の貴族が着ていそうな衣服に身を包んだ男がいた。
いや、男なんだろうけど、その容姿は異形――そのものだ。
額に二本の角、頭部に小指の先ほどの短い角を四本も生やした鬼だ。口から牙を覗かせた鬼は、座禅を組んだ姿勢から立ち上がった。
「彼が土鬼ですよ」
「あれが……」
俺が警戒すると、土鬼は俺に指を向けてきた。
「貴様か。貴様が、儀式にとって要の存在だったのか。これまで祭文に応じなかった黄龍が、貴様らが近づいたら急に反応を示した。そして貴様がここに来た途端。〈穴〉からの風が強まった。つまり、貴様が要――殺すべき存在ということだっ!!」
「危ないわ!」
土鬼が大きく跳躍して穴を飛び越してくると、墨染お姉ちゃんが前に出た。手にした桜の枝による一撃を受けたけど、土鬼は平然と身体を捻って着地した。
「木鬼――裏切るか」
「木鬼ではないわ。あちきは墨染――堅護さんの味方よ?」
「なるほど、呪いを解いたか。そんなに、その小僧が愛おしいか、桜の精よ」
「そうねぇ。堅護さんは、この身体に生まれ変わってから、すぐに出会ったの。そこでお話をして、頂いた御菓子を食べて……とても楽しかった。妖界で再会したときだって、あちきのことを覚えていてくれて。そして、あちきを自由にするために、とても頑張ってくれたわ。
こんな出会いをしたら、気に入ってしまうじゃない? 少なくとも、土鬼――あなたみたいに呪いで無理矢理、従わせようとしないもの」
墨染お姉ちゃんの返答を聞いていた俺は、こんな状況にも関わらず、顔が熱くなってしまった。
しかし土鬼は、そんな俺たちを小馬鹿にしたような顔をした。
「そういうことか。樹霊である以上、仕方の無い感情なのだろうな。鬼だったときから、貴様は反抗的だった……しかし、それでも鬼だった影響は残っている筈だ。貴様では、我を打ち倒すことはできぬ」
「そうかもしれないけれど。けれどね、例外もあるのよ。おいで――」
墨染お姉ちゃんの命で、茶色の風が土鬼に襲いかかった。束帯の袖や襟を切り刻んだ風は、空中で三匹の鎌鼬になった。
「小癪な――」
土鬼が印を結びつつ、なにかを唱えた。常人の目には見えない力――呪力だ――が、鎌鼬たちに向かうのが見えた。
しかし、その直前に木気に満ちあふれた葉っぱの渦が、鎌鼬たちを護った。
「この程度なら出来るのよ? それに――」
土鬼の注意が墨染お姉ちゃんに逸れた瞬間に、俺は神通力で三鈷杵を二〇本以上も空中に造り出した。
「神通力――三鈷杵乱舞っ!!」
俺の声で空中に浮かんでいた三鈷杵が、一斉に土鬼に襲いかかった。
しかし、三鈷杵の大半は土鬼が腕を一振りしただけで、霧散してしまった。残った数本の三鈷杵は、すべて土鬼の足元に落ちただけだ。
「くそっ!」
「馬鹿め! その程度の神通力など、通じるものか」
土鬼は怒鳴りながら、地面を滑るように俺へと迫って来た。多助たちとの訓練を思い出しながら、俺は伸びてくる手を横っ飛びに避けた。
そんな俺に、土鬼は手刀を振り下ろした。
「腐、滅、腫」
土鬼の呪術か――手刀は身体に触れていないけど、俺の左腕でトン、という軽い感触がした。なんだろうと思った直後、左肩と右脚に激しい痛みが走った。
右の太股を見れば、作業着のズボンが赤黒く湿っていた。アズサさんの呪符で塞がった傷口が、開いたのか?
驚いている俺に、土鬼は牙を剥きながら告げた。
「やはり、傷を受けていたようだな。我が呪術により、貴様は傷口から腐り果てる」
「土鬼、なんてことを――っ!!」
墨染お姉ちゃんが怒りとともに桜の枝を振ると、地中から数十本もの蔦が土鬼へと向けて伸びていった。
その蔦を手刀の一振りで払いのけた土鬼へ、俺は右脚を庇いながら駆け出した。もう左腕は動かなくなっているけど、構うもんか。
墨染お姉ちゃんを護る代わりに、足と腕の片方ずつを失うなら、それで構わない。
多助との特訓通りに全身に神通力を巡らせて、俺は走力を増した。
俺の接近に気づいた土鬼が、手刀を俺に向けようとした。だけど一瞬だけ早く、俺の右手がヤツの手を弾いた。
「貴様――」
土鬼の真っ赤に染まった目に睨まれながら、俺は土鬼に体当たりを食らわせた。
衝撃で蹌踉けた土鬼に、俺は無理矢理身体をねじ込んだ。ここまで接近すれば、手刀で術の方向を定めるのは難しい筈だ。
俺は身体を密着させたまま、右手を土鬼の身体に押し当てた。
「神通力――浄化っ!!」
悪霊なら、浄化させれば消えるはず。俺はそう思って神通力を叩き込んだけど、土鬼は平然としていた。
「馬鹿め! その程度の術など、利くものか!」
嘲る土鬼と俺が睨み合った瞬間、〈穴〉から光が溢れだした。
黄金色に輝く光は爆発的に膨れあがり、あっというまに俺と土鬼を包みこんだ。
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