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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました
三章-5
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水御門さんとの話し合いが終わったあと。俺は身体を休めることが、できなかった。
早々に次郎坊が退出したあと、多助と沙呼朗が屋敷の庭に俺を呼びつけてきたんだ。彼らの目的は、俺の特訓ということ……らしい。
「いいか。はっきり言って、おまえは弱い」
開口一番に、多助はそう言ってきた。
「神通力は強いが、使い方がなっちゃいねぇ。殴り合いに至っては、そのへんの餓鬼より弱いくらいだ。そういうわけで、いっちょ揉んでやるから、ありがたく思え」
「殺すつもりはない。だが、必死でや、やらなければ意味がない。死にたくなければ、本気で来い」
押しつけがましい多助に、言ってる内容に矛盾のある沙呼朗が、俺の前で身構えた。
俺は溜息を吐いてから、改めて二妖を見た。
「あの……どうしてもやらなきゃ駄目なんですか?」
「ああ? 当然だっ!! 土鬼はともかく、金鬼はてめぇの力で鬼の呪いを解かなきゃならんだろう。だが、今のてめぇじゃあ、金鬼に近寄ることすらできん」
なかなかに絶望的なことを言って、多助は握り拳を振り上げた。
「妖の戦い方っていうのを、身体に叩き込んでやる。説明は受けただろうが、人界からきたばかりじゃ理解はしきれてねえだろうしな」
「そういうわけだ。諦めて、構えろ」
そこまで言われたら、さすがに断りにくい。俺が身構えた途端、沙呼朗が目にも止まらぬ速さで、俺の目の前へと詰めてきた。
驚く暇すら、なかった。
手の平で胸板を叩かれた――と認識した瞬間、俺の全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
「これで、一度死んだぞ?」
「いや……その。講義とかはないんです?」
「こうぎ……口で説明することか?」
俺が頷くと、沙呼朗は蛇に似た目を向けてきながら、一歩だけ離れた。
「ふむ……いいだろう。神通力と体術を、切り離して考えるな」
それだけを言うと、沙呼朗はまた多助の近くまで退いてしまった。レクチャー、それだけなんだ。
神通力と体術って……別物な気がするんだけど。
俺は身構えながら、言葉の意味を考えた。こういうのは、閃きが必要な気がするんだけど……やれることはやっておきたい。
神通力と体術を切り離すなってことは、身体の動きを増幅させながら殴り合いをすればいいのかな?
攻撃と術みたいなのって、同時にできるものなのか? ゲームとかだと駄目だけど。
疑問は尽きないけど、とりあえずやってみることにした。意識を集中させながら、俺は沙呼朗をジッと見た。
「神通力、体術増――」
「遅い」
神通力を使うための言葉――言霊を口にしている途中で、沙呼朗の手が再び俺の胸板を叩いていた。
いやこれ……難易度が高くない? 正直、神通力を使う余裕すらない。
今度はなにも言わずに、沙呼朗は退いた。それを見ながら、俺は少し卑怯だと思ったけど、言霊を呟いた。
「神通力、体術増幅」
これで効果が出るのか、ぶっつけ本番だからわからない。俺が身構えると、すぐに沙呼朗が迫ってきた。
神通力のお陰か動きは見えたけど、それでも沙呼朗は早かった。左に避けようと身体を捻った瞬間に、沙呼朗は向かって左に跳んでいた。
「ふむ――まだ遅い」
「いや、これ難易度が高いですって」
「思考を簡略化せよ。身体の動きだけでなく、すべてのことに神通力を使うのだ」
「すべて?」
「そうだ。視ること、身体を動かすこと、次の行動を決めること――すべてだ。おまえでは、そこまでせねば金鬼には勝てぬ」
神通力って、そこまでできるものなんだ。
悔しさより、そっちに感心してしまった。
「神通力――動体視力、体術、思考能力増強!」
俺はさっきよりも気合いを籠めて、言霊による神通力を使ってみた。身構える沙呼朗の動きが、さっきよりもゆっくりと見える。平たく言えば、教科書に書いたパラパラ漫画を見ている感じだ。
俺は沙呼朗に目を向けながら、右に駆け出した。拳の範囲外に逃げたけれど、沙呼朗は俺の動きに追従してきた。俺の真横に並んできた沙呼朗が、右の拳を繰り出してきた。
今度は胸ではなく、顔面が狙われていた。
俺は身体を低くして拳を避けると、沙呼朗の喉を両手で掴んだ。
そこで、俺たちの動きは止まった。
「神通力、鬼祓い――ということで」
「見事也」
沙呼朗が脇へと退くと、入れ替わりに多助が突進してきた。
「次は俺が相手だっ!!」
多助の肘鉄を、俺は受け止めようとした。だけど、その寸前に腕が伸びて、手の平が俺の胸板を叩いてきた。
「馬鹿か!? 受けるな、避けろ! 妖の一撃は、なにがあると思え。下手に受け止めると、そこから毒や妖力を食らうぞっ!!」
多助のひと言で、俺は墨染お姉ちゃんが操る蔦のことを思い出した。あの蔦には、身体の自由を奪う毒があった。
それと同じような攻撃方法を持つ妖は、ほかにいても不思議じゃない――ということか。
俺は考え方を切り替えると、次の多助の一撃を大きく跳んで避けた。
「避けたか――だが、そんなに距離を離して、どうやって勝つつもりだよ!!」
怒鳴る多助の腕が、燃え始めた。
まだ五、六メートルは離れているにも関わらず、多助は腕を振った。途端、炎がまるで鞭のように伸び、俺へと迫って来た。
炎の鞭を躱すが、その動きに翻弄されて多助に近寄れない。
「ほら、どうしたどうした!? 怖くて小便を漏らしそうってか?」
多助の煽りに少しイラッとした俺は、庭の小石を掴んでから、炎の鞭を避けた。鞭が頬を掠めたけど、そんなのは気にならなかった。
炎の鞭が僅かに下がった瞬間を狙って、俺は小石を固く握った。
「神通力――死角の礫」
俺は多助へと、小石を投げつけた。だけど、投げたはずの小石は、すでに俺の手にはなかった。
しかし、確かに小石は投げつけていた。俺の神通力によって、小石は投げる直前に、多助の真後ろへと転移していた。次郎坊が小銭入れを掏ったヤツの、逆パターンだ。
虚空から出現した小石は、そのまま多助の後頭部にぶち当たった!
「痛てえっ!!」
不意の痛みに叫んだ瞬間、多助の動きが止まった。
その隙に、俺は全力疾走をして多助の懐に入り込んだ。見ている限り、鞭の攻撃は懐への攻撃は無理そうだ。
殴りかかる勢いの拳を首元で止めると、多助は目を瞬かせながら俺に目を向けた。
「……まったく、ギリギリだな」
なにが? そう訊こうとした瞬間、俺は膝から力が抜けた。地面にへたり込んだ俺に、多助は苦笑いなのか、口元の牙を覗かせた。
「ま、一本取られたが……神通力に頼りすぎなんだよ、おまえさんは。もうちょい身体も鍛えな。咄嗟の機転は悪くなかったがな。今回の授業料は、なにか美味い物でいいぜ」
今日はここまで――と言って、多助は沙呼朗を連れて屋敷へと戻っていった。
それはいいんだけど、できれば俺を、家まで連れて行って欲しかったなぁ……。
地面にへたり込んだまま、俺はしばらく動けなかった。
*
嶺花の屋敷にある客室で、墨染は座布団に腰を降ろしていた。
客室には、角に置かれた行灯しか家具はない。ほかには出入りするための襖戸と、部屋の北側にある平書院と呼ばれる小さな空間に、明かり障子があるだけだ。
障子を通して外の光が当たっている、床柱に身体を預けていた墨染の表情は暗く、重い溜息を何度も吐いていた。
どれだけの時間、そうしていただろう。
勢いよく襖戸が開くと、墨染は勢いよく顔を上げた。
「終わったぜ。ま、出来る範囲だがな」
多助の言葉に、墨染は不安げな顔を残したまま、頭を下げた。
「ありがとうね。それで……堅護さんは、どうでした?」
「ま、かなり物足りねぇけどな。付け焼き刃じゃ、あんなもんだ」
後頭部を乱暴に掻きながら、多助は客室に入った。墨染の前に腰を降ろした多助に続いて、沙呼朗も客室に入ってきた。
墨染は改めて、二妖に頭を下げた。
「充分よ。でも、堅護さんに怪我とかさせていないわよね?」
「少しや、火傷をしたくらいか」
沙呼朗の返答に、墨染の目が大きく見開かれた。感情の昂ぶり――恐らくは、押し殺した怒り――によって木気が膨れあがると、多助は慌てて両手を振りまくった。
「いや、事故だ事故! 烏森――だっけか? あいつの思いっきりが良かったんだよ! 炎のギリギリのところを攻めてきたんだって。おかげで、一本取られたんだっ!!」
「……そう」
一応は納得したようだが、墨染の目は冷ややかだ。
木気が収まって、胸を撫で下ろす多助を沙呼朗は一瞥した。
「や、ヤツが心配なら、お主が鍛錬をしてやれば良かろう」
「あら。喧嘩の鍛錬なんて、あちきには無理だもの。床の練習になってしまうわ」
頬を染めながら答える墨染に、沙呼朗だけでなく多助も頭を抱えた。
「まったく……これだから樹霊の妖はよ」
気に入った相手には一直線。周囲の迷惑など、なんのその――恋心だけでなく、怨念も同様であるため、時と場合によっては質が悪い。
「勝手にやってろ……」
呆れ顔の多助の呟きは、白金よりも重かった。
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