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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

三章-4

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 火鬼や水鬼――いや、ナマハゲの多助と、ミズチの沙呼朗が落ち着くのを待って、俺たちは場所を移動した。
 戦いが行われた場所はほかの鬼も巡回しているらしく、ゆっくりと話をするには不向きらしい。だけど気配を察知するのに長けた水鬼――いや、ミズチの沙呼朗が元の妖に戻ったことで、神経を尖らせてまで逃げ隠れする必要はなくなった。

 ……よくわからないけど、どうもそういうことらしい。

 体感で三〇分ほど南東へと移動した湧き水の側で、俺たちは腰を降ろした。この辺りは木々が密集していて、少し薄暗かった。だけど、おかげで上空からの見つかるのは難しいし、森の中なら墨染お姉ちゃんも気配を察知することができるみたいだ。
 この辺りでは一番安全な場所、ということだった。
 神通力の使いすぎか、それとも長時間歩いた上に大立ち回りを演じた影響か、俺の体力は限界に近かった。
 膝下くらいの岩に腰掛けると、墨染お姉ちゃんが隣に座った。


「堅護さん、お疲れではありませんか?」


「少し……なんか、身体の芯から力が抜けちゃってる感じがして」


「神通力の使いすぎかもしれません。身体が神通力に慣れていないでしょうから、あまり無茶をしては駄目よ?」


 気遣うような表情をしながら、墨染お姉ちゃんは細く白い指で、俺の前髪を弄った。顔が熱くなるのを感じながら頷いたとき、横から小さな咳払いが聞こえた。


「えっと、少しお邪魔します。話を始めますから……その、二人っきりの空間は、そこまででお願いします」


 アズサさんに言われて、俺は完全に赤面してしまった。墨染お姉ちゃんは、澄まし顔のまま「あら、失礼」と俺から少しだけ身体を離した。
 そんな、俺たちに声をかけてきたアズサさんは、口元がだらしなく緩んでいた。


「アズサ殿……もう少し、真剣な態度でお願い申す」


「あ、す、すいません」


 口元の涎を手の甲で拭きながら、アズサさんは多助と沙呼朗に向き直った。


「えっと……あなたがたにお尋ねしたいのは、金鬼のことと、土鬼の儀式の進行状況ですね。大まかなことは、木鬼だった墨染さんから伺ってますし」


「……なるほどなぁ」


 多助は顎に手を添えながら、顔を顰めた。


「金鬼は豪猪だったか。ヤマアラシと言ったほうが、わかりやすいだろうな。太白星の加護で白虎の力を得て、今では金鬼と成った妖だ」


「あなたがたも――星神の加護を持っているんですよね?」


「もちろんだ。俺は、けいこく……螢惑星だったか。朱雀の力を得ている。加護を受けた妖は、星神が司る星が昼間でも見えるようになる」


 多助の説明に、俺は妖界で買い出しをした日のことを思い出した。あの日、俺は昼間なのに星を見た。あれから、時折見えている気がするんだけど……いや、まさか。
 こんな偶然があるわけがない。俺は、あの星が星神の加護じゃ――という考えを打ち消した。
 俺がそんなことを考えているあいだに、沙呼朗が自分の胸に手を添えた。


「我は辰星の加護で、玄武の力。そこの木――いや、や、墨染は歳星の加護で青龍を。儀式の進行具合だが、それは我らにはわからぬ」


 鬼のしての束縛が解けたものの、敵対したという引け目というか、気まずさがあるみたいで、沙呼朗の声は固かった。
 アズサさんはそんな沙呼朗を気にするでもなく、質問を続けた。


「それでは、土鬼は黄龍の力を?」


「そうかもしれん。話を聞いたわけではないからな」


「いや、や。黄龍の力は得ていないだろう。その気配は感じぬ」


 多助に被せるように、沙呼朗が答えた。


「……鎮星、つまり土星の加護を得ているのは、間違いがない。だが、や、ヤツから黄龍の力は感じない。呪術に詳しいわけではないので、これ以上はわからぬ」


 黄龍という沙呼朗の言葉に、俺は何かを思い出しかけた。でも、アズサさんの声に気を取られて、思考が断ち消えてしまった。


「土鬼の正体は、わかるでしょうか? あ、いえ、元から鬼なのかもしれませんけど」
 

 アズサさんの問いに、墨染お姉ちゃんも含めた元鬼たちは、互いに顔を見合わせた。


「俺たちに呪いをかけたのは、ヤツだ。俺のときにはもう鬼だった」


「あちきのときもそうね。鬼だったわ」


「我も同じく」


 最後に、水鬼が頷いた。
 土鬼の呪いで鬼に成った――というのは、俺もなんとか理解したけど。でも一つの違和感が拭えなかった俺は、質問をすることにした。


「あの、多助さん――は、ナマハゲなんですよね? ナマハゲって、元から鬼なんじゃないんですか?」


 俺の問いに、多助はあからさまに口を曲げた。


「こんなときに、そんな質問かよ――ったく。あのなぁ……俺はただの鬼じゃねぇ。半神半鬼なんだよ。元は、歳神の一柱だ」


「へえ……それが、なんで鬼に?」


「そういう役目なんだよ。詳しいことは……もう忘れたな」


 ふて腐れたように視線を逸らした多助の肩に、沙呼朗が手を添えた。


「話を戻してもよいか?」


 沙呼朗は蛇に似た目で、俺たちを見回した。


「や、やつの気配は、純粋な鬼とは異なる気がした。あれは――そう、人の怨霊が鬼に成ったか、鬼に憑いたものだろう」


「怨霊――って。あの、そんなものが鬼に成るんですか?」


「成るな、な。霊だけじゃなく、人から鬼にも成るな、な」


 俺の問いに、タマモちゃんが答えた。
 まさか――と思ったけど、アズサさんや次郎坊だけでなく、墨染お姉ちゃんや元鬼たちも頷いていた。


「清姫の話などは、聞いたことがないか?」


 マジか……という顔をしていたんだろう。次郎坊の問いに、俺は頷くしかなかった。
 少しの沈黙のあと、アズサさんが咳払いをした。


「えっと……話の腰が折れましたね。儀式の状況がわからない以上、このまま〈穴〉まで行くのが最善手だと思います。だけど正直、烏森さんだけじゃなく、わたしや次郎坊さんも消耗してます。元気なのはタマちゃんくらいで。あなたたちはどうです?」


「悪いが、同じだ」


「我も――だ。束縛の呪いと鬼化は解けたが、まだ本調子には遠い」


 多助と沙呼朗は、揃って気むずかしそうな顔をした。


「あちきは元気だけれど……戦いとなると一人では無理よ? 金鬼とは相性が悪いから、せめて多助がいてくれないと」


「せめてって言い方は気になるが、言っていることは正しいな。金鬼と土鬼が相手では、今の俺たちでは不利過ぎる」


「ああ、なるほど。相生とか相剋ってやつですね。加護を受けている分、影響も大きいと……でも、こうなるとやっぱり、土鬼の正体が気になります。風水を使った呪術といえば、有名なところでは陰陽道ですし。水御門さんに、過去の陰陽師について訊いてみたいところですね」


 アズサさんは、あくまでも土鬼の正体に拘っていた。


「正体って、そんなに大事なんですか?」


「ええ、それはもう。そこから弱点とかわかるかもしれませんし」


 俺の問いに答えたアズサさんは、スッと立ち上がった。


「そうと決まれば、お屋敷に戻りましょう。身体も休めたいですし」


 異存は、誰からも出なかった。
 俺たちは、鬼たちに警戒しながら、嶺花さんの屋敷へと急ぐことにした。

   *

「正体と言われてもな」


 水御門さんは、アズサさんの「土鬼の正体と成り得る陰陽師っています?」という質問に、渋面になった。
 俺たちは嶺花さんの屋敷にある、広間にいた。嶺花さんの人形で、人界の水御門さんから知恵を借りようとしたんだけど……結果は、ご覧の有様だ。


「怨霊になりそうな陰陽師というだけで、どれだけの候補がいると思っている?」


「そんなにいるんですか? あ、蘆屋道満とか」


「いや、道満法師に関しては、その心配はないだろう。わたしが言いたいのは、在野の陰陽師なども含めれば、膨大な数になる……ということだ。なにか特徴などがわかれば、推測くらいはできるかもしれないが」


「ええっと……」


 アズサさんは向かって右の壁際に座っていた、多助や沙呼朗を振り返った。


「なにか、土鬼の特徴ってありますか?」


「束帯だったっけ? そんな服を着ている。角は額に二本、頭に四つ。髪の毛はないな」


「や、やつの顔はすでに鬼に変じておるからな。元の顔の面影はないだろう」


 二妖の返答に、水御門さんの顔が一層、険しくなった。
 こんな情報だけで個人を特定しろと言われたら、どんな名探偵でも匙を投げるに違いない。
 そんな俺の予想通り、水御門さんは頭を振った。


「奈良から平安時代ともなれば、陰陽師の数は無数にいる。貴族で陰陽道に通じているものだけでも、藤原、弓削、菅原――薫君などの女房すら、陰陽道を利用していたという。やはり申し訳ないが、個人の特定は不可能だ。
 しかし、土鬼が黄龍の力を得ていないのは朗報です。もし黄龍の力を得ていたら、儀式はもう完了していたかもしれません」


 水御門さんが初めて、俺の前で微笑んだ。


「えっと……いいですか?」


 俺が小さく手を挙げると、水御門さんは頷きはしたものの、無言で話を促してきた。


「怨霊になりそうな陰陽師って、有名どころ……だと、誰がいますか? あの、一応参考までに」


「そうだな……謀反で処刑された藤原仲麻呂や、菅原道真――あたりは、怨念もあっただろう。しかし、陰陽道に関わりがあったというだけで、根拠があるわけではない。参考にもならないだろう」


「へえ……陰陽道って、いろんな人が使ってるんですね」


「当時の貴族は、少なからず陰陽道を利用していたからな」


 水御門さんの話に俺が感心していると、次郎坊が渋い顔をした。


「烏森殿、もう少し真剣に頼み申す。どこか、気が抜けているように見えます故」


「えっと、そうですか……?」


 少し頭を下げながら、俺は内心で(その通りかも)と思っていた。墨染お姉ちゃんを鬼から元に戻して、こうして一緒に居られるようになった安堵感はある。それで緊張感というか、緊張の糸が切れたというか……使命感というのが薄れた気はしてる。
 元々、墨染お姉ちゃんと会い一心で、鬼の本拠地に行きたかっただけだし……。

 やる気……かぁ。

 金鬼と土鬼と、どう対峙していくかの議論が進められたけど、俺はどこか上の空だったと思う。そんな俺の横で、墨染お姉ちゃんは嶺花さんを睨むような視線を向けた。


「堅護さんを土鬼や金鬼と戦わせるつもりですか?」


「土鬼はわからないけれど、金鬼との戦いには必要だろうね。鬼の呪いを解けるのは、烏森だけだ。里、そして妖界と人界の安全のために、協力はして貰わないと」


 嶺花さんの返答に、墨染お姉ちゃんは少しだけ目を伏せた。
 そして、まだ気のない俺の顔を撫でてきた。


「ねえ……堅護さん。〈穴〉では、きっと総力戦になるわ。あちきや多助、沙呼朗も戦うことになると思うの」


「え? そんな――」


「だから、あちきが危なくなったら、助けて下さいね?」


「あ、うん。俺でできる……ことなら。やってみるよ」


 墨染お姉ちゃんを、危ない目に遭わせたくない。俺の身体に再び、やる気が満ちていくのを感じた。
 だけど……次郎坊やタマモちゃんは呆れたような顔をしていたし、多助や沙呼朗は明後日のほうを向いていた。
 墨染お姉ちゃんは、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。


「嶺花……さん? この件は、貸しにしておきますね」


「ああ、構わないよ」


 嶺花さんはそう答えながら、肩を落としたように溜息を吐いた。


「こんなんで、本当に大丈夫かねぇ?」


 心底不安そうな顔の嶺花さんの前で、アズサさんは顔が緩みきっていたりする。

 俺って、なにかしたっけ?

 状況が理解できずに目を瞬いていた俺は、罪悪感で表情を曇らせている墨染お姉ちゃんに気づけなかった。
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