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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

二章-1

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 二章 化生の呪い


   1

 嶺花の前には、アズサの手による夕餉が並んでいた。
 白菜の浅漬けに焼き魚、芋とインゲン豆の煮物、すまし汁に、玄米の炊き込みご飯。デザートは、ハートマークに型抜きされたクッキーだ。
 嶺花は煮物を一口頬張ってから、脇に控えているアズサを呼んだ。


「タマ――タマモが言ってきた件、調べてみたかい?」


「はい。確かに、農作物や目立った場所にある木々は無事です。ですが町の外にある草花には、枯れ始めているものが見られます」


「そうか……良くない傾向だねぇ。原因は調べたんだろう?」


「はい。地脈の乱れが影響していると思います。ただ……なぜ地脈が乱れているのかは、わかりません。風水的な見解を述べれば、明堂であるこの地に異常が出たなら、〈穴〉でなにかあったとしか思えません」


 アズサの報告に、嶺花は炊き込みご飯に伸ばした手を止めた。
 〈穴〉とは、四神に護られた力の収束点、つまりはパワースポットだ。そして、明堂は〈穴〉の周囲にある開けた土地のこと。風水などでは、よく知られる言葉である。
 周囲の四神となる山や土地の形状によって決まる〈穴〉の吉兆は、明堂に影響する。


「〈穴〉は……どこにある?」


「ここより北にある森の中です。今は、鬼たちの住処に」


 アスサの返答に、嶺花は乱暴に頭を掻いた。


「ああ、そうだったね。奴らが、なにかをしているのかねぇ」


「可能性は否定できません。けれど、それは実際に見てみないと、判断できかねます」


「そうだね。となると、誰に行ってもらうか……」


 嶺花はそれっきり黙ると、食事に集中した。夕食をデザートまで平らげると、改めてアズサを呼び寄せた。


「先ずは、アズサ。それに次郎坊。タマモ……はちょいと微妙かねぇ?」


「あの、烏森さんは如何なさいます?」


「うん……ああ、さてね」


 嶺花は少し悩む素振りをすると、首を左右に振った。


「神通力の修行次第だねぇ。今回の件、良い経験になるとは思うけど、それで死なれるのも後味が悪いじゃないか」


「そうですね……今朝見た限りでは、まだ制御――ええっと、威力の加減ができていないように思いました」


「ほお……使えるようにはなったのかい?」


「手に、火傷の痕がありましたから」


「一日でねぇ。ふん……飲み込みは悪くないか」


 嶺花は立ち上がると、食器を片付けようとしたアズサを手で制した。


「後片付けは、ほかの者に任せてしまいな。これから、烏森の様子を見に行く。あんたも付いてきておくれ」


「はい。かしこまりました」


 アズサは微笑みながら立ち上がると、嶺花に付き従うように部屋から出て行った。

   *

 俺は家を出ると、屋敷から影になる場所に移動した。といっても、家の裏なんだけど。
 ここでなにをするかといえば、神通力の練習だ。昨日は次郎坊のように手に炎を出すまでは出来たんだけど、手を火傷してしまった。
 炎を作ることにばかり意識していたせいか、手の平に直接、しかも思っていた以上に大きな炎を出してしまった。
 今度は、もっと巧くやる。やってみせる。
 次郎坊や、町で見たタマモちゃんの妖術を思い出しながら、俺は呼吸を整えた。心が落ち着いてきたら、今度はイメージだ。
 俺は生み出したい現象を頭の中に思い描きながら、手の平を前に突き出した。


「神通力――炎の渦」


 俺の目の前で、火花が散り始めた。次に風が渦を巻き始めると、火花が螺旋を描き始めた。風の中で炎が大きくなり始めたけど、そこで集中が切れた。
 荒い息を吐いて目を背けた瞬間、風と炎は消えてしまった。


「……くそっ」


 小さく毒づいた俺は、呼吸を整えることに集中した。
 多分だけど、昨日の失敗が尾を引いているんだ。身体の中に刻まれた恐怖心が、炎を生み出すのを拒んでいるんだと思う。

 なら――どうする?


「どうすればいいんだろうねぇ」


 嶺花さんの声に、俺はドキッとして振り返った。まるで、心を読まれたような言葉を投げかけられたんだから。そりゃあ、驚くってものだ。
 アズサさんを伴った嶺花さんは、両手を着物の袖に入れながら近づいて来た。
 昨日とは違い、面白そうなものを見るような顔の嶺花さんは、さっきまで火花が散っていた場所で、臭いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。


「なるほど、随分とマシになってるじゃないか。今度は、こいつを弾き飛ばしてみせな」


 嶺花さんは俺から少しだけ離れると、左手に持った煙管を真横に出した。
 これは課題みたいなものか……な? だけど風では弾き飛ばせないし、炎じゃ燃えちゃうかもしれない。
 数秒ほど悩んでいた俺は、先日の神通力クリームのことを思い出した。
 あのクリームは、気を抜いたらすぐに消えてしまった。だけど、何かを造り出すことができて、それを操ることが可能なら――。
 神通力は思い込みみたいなものだって、次郎坊は言っていた。

 それなら!

 俺は意識を集中させると、あるイメージを思い浮かべた。宗教とか詳しくはないけど、修学旅行で行った奈良や京都で、見たことはある。


「神通力――三鈷杵射出!」


 俺の叫び声と同時に、手の平から飛び出した三鈷杵が、真っ直ぐに嶺花さんの持つ煙管へと飛翔した。
 三鈷杵は、上辺を掠めるようにして煙管を弾き飛ばした。
 その直後、嶺花さんが目にも止まらぬ速さで、通り過ぎかけた三鈷杵を掴んだ。


「なるほどねぇ。造型は甘いが、日数を考えれば及第点以上さな」


 嶺花さんが持つ三鈷杵は、先が三つに割れた短い刀身以外は、なんの模様もない、のっぺりとした造型だった。
 嶺花さんの手の中で、三鈷杵が霧のように消えていく。顔を上げた嶺花さんが、俺に意味ありげな笑みを浮かべた。


「ところで、さっきのかけ声はなんだい?」


「えっとですね。次郎坊――さんに、呪文も神通力の切っ掛けになるって言われたので。やりたいことを言葉にしたら、神通力が巧く使えるかなって思ったんです」


 俺の返答を聞いた嶺花さんは、最初こそ目を丸くしていたが、すぐに呵々と大笑した。
 それから、しばらく大笑いを続けた嶺花さんは、目に浮かんだ涙を指先で拭うと、アズサさんを呼び寄せた。


「なるほどね! いや、面白い。アズサ、烏森が訳が分からないって顔をしているから、なるべく丁寧に教えてやんな」


「はい。それでは――」


 アズサさんは俺の前まで来ると、右手の人差し指を立てた。


「烏森さんがやったのは、言霊という呪術、そのものです。言霊は、言の葉の力。最も単純で、古い呪法の一つです。無意識だと思いますが、言霊によって神通力の方向性を定めた――これ、二度手間に見えるんですけど、かなり確実な方法だと思います。
 烏森さん、呪術に対するセンスが凄いです。世が世なら陰陽師とか修験者とかに、なれたかもしれません」


 アズサさんは褒めているみたいだけど、その言葉の意味から内容まで、俺にはちんぷんかんぷんだった。
 それに陰陽師とか言われても、ピンとこない。
 俺が微妙な顔をしていると、アズサさんはクスッと微笑んだ。


「そんな半目にならないで下さいよ。ギリギリですけど、合格ってことですから」


「……合格って、なんのですか?」


「それはですねぇ……鬼の本拠地行きに、烏森さんも同行してもらいます」


 目茶苦茶あっさりと言ったので、俺は「へえ……」と、曖昧な返事をしながらスルーしかけてしまった。
 そして、一瞬の間。


「えっ!? マジですか!!」


「ええ。マジですよ。ギリギリって感じですけど、神通力も使えていましたし」


 にこやかに答えるアズサさんが、嶺花さんを振り返った。
 俺に会いに来る前に、屋敷でなにかの話をしていたんだろうか? 嶺花さんは先ほどよりも真剣な顔になっていた。煙管を拾い上げてから俺に近寄ると、嶺花さんは墨染お姉ちゃんが飛んでいった方角へと首を向けた。


「昨日、タマ――タマモと草が枯れているのを見たね?」


「ええっと……はい」


 昨日の帰り道、タマモちゃんが見つけた、枯れた草。タマモちゃんも驚いていたけど、あれがなんかあるのかな……?
 俺が昨日のことを思い出している途中で、嶺花さんは草履を履いた足で地面を突いた。


「この地は、〈穴〉という力の源によって、土地が活力を得ているんだ。風水でいう四神相応の地ってやつだね。その影響もあって、大半の草花は冬近くになるまで枯れないんだよ。だから、こんな時期に草花が枯れるっていうのは、なにかしらの異変が起きてる可能性が高いのさ。
 だけど今、そこは鬼の住処になってる。簡単に見に行くことができないのさ」


「それで、神通力を?」


「そういうこと! 現地に行くのは、昼からだ。それまで、神通力の練習をするなり、身体を休めるなり、好きにしてくれ」


 嶺花さんはそう言い残すと、アズサさんを連れて屋敷に戻っていった。
 俺は……とりあえず朝ご飯を食べると、出来る範囲で神通力の練習に費やした。不安もあったけど、ようやく墨染お姉ちゃんに会えるかもしれないという期待で、俺は胸を踊らせていた。
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