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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました
一章-3
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「やめとけ」
鬼の住処に行ってみたい――そんな俺の願いを、嶺花さんは一蹴した。
「鬼っていうのは、我ら妖とは大きく異なる。我らがする悪さは一番残虐なもので、人を襲って怪我をさせるくらいだが」
「いやあの、人を襲うのも大概だと思いますけど」
「まあ、そこは妖のやることだ。大目に見ておけ」
……大目に見たくないなあ、これ。
俺が半目になると、嶺花さんは態とらしい咳払いをした。
「とにかくだ。あいつらは悪意に際限が無い。人やほかの妖を食らうし、下手をすれば、町を滅ぼすことくらいは、やらかしかねん。下手に関わらないほうが身のためだ」
「でも――」
「でも、それでも行きたいなら、妖の力を覚醒させてから行け」
「妖の力――そんなものが、俺に?」
「もちろんだ。アズサ――次郎坊を呼べ」
「はい」
アズサさんが退室したあと、嶺花さんは「少し待て」と言ってきた。
俺は居心地の悪さを感じながら、胡座をかいたままで待つことにした――と思った途端に、目の前で風が渦を巻いた。
風の勢いが強くなり、目が開けてられない。風が収まり始めたのは、俺が目を細めながら、腕で顔を庇ったあとだ。
俺が目を開けると、目の前に少年が立っていた。
年の頃は一六、七くらいで、山伏のような服を着ている。髪は黒かと思ったけど、よく見ればかなり濃い茶色だった。
「木の葉天狗の次郎坊だ」
嶺花さんの紹介に、次郎坊と呼ばれた少年は俺に会釈をした。
木の葉天狗ということは、天狗の仲間なんだろうか。俺の中にいるのも天狗って話だけど……仲間だったんだろうか?
次郎坊の容姿はそこそこに整ってるけど、鼻は長細くなくて、天狗らしくはなかった。
「えっと……天狗、なの?」
「左様だ。木の葉天狗という。屋敷の庭で、神通力について教授しよう。ついて参れ」
そのまま庭に出た次郎坊を追って、俺も縁側に出た――あ、靴は玄関なの忘れてた。
俺が困っていると、アズサさんが俺のスニーカーを持って来てくれた。
「ありがとうございます」
礼を言ってから、俺はスニーカーを履いた。
敷地だけで、優に地方の小学校くらいはある庭に出た俺は、あらためて周囲を見回した。
俺の住む小屋を含めて、四軒ある離れはみんな同じ作りだ。その中で一番北側にあるのは、アズサさんの家ということだ。俺の家は、一番南側である。
屋敷の南側が門。北側には岩場がある。小屋が並んでいるのは西側になる。
俺が周囲を見回しながら庭を進むと、次郎坊が腕を組んだ。どうやら、すぐにレクチャーが始まるらしい。
俺が二メートルほど離れた場所に立ち止まると、次郎坊は喋り始めた。
「さて。天狗の力の源は、神通力というものだ。その名の通り、神がかった力を発揮する
。例えば――このような」
そう言って次郎坊は、手の平を俺に見せた。その上には、見覚えのある小銭入れが乗っていた。
――あ。
「それ、俺の?」
「その通り。神通力で、お主の服から引き寄せた」
次郎坊が見せた神通力の実演に、俺は素直に驚いていた。神通力って魔法っぽいものだと思ってたけど……もしかしたら、それ以上かもしれない。
小銭入れを返して貰った俺は、自分の身体を見回した。
「その神通力が、俺にもあるっていうのか――でもさ、物を掠め取る力なんかで、鬼から身を護れるんですか?」
「神通力はそれだけではないぞ。風を起こす、空を飛ぶ、敵の呪力から身を護るなど、様々なことができる」
「そうなんだ……で、どうやって使えばいいんです?」
俺の問いに、次郎坊は検分するかのように目を細めた。
指先を俺の溝打ちあたりに押し当てると、少し驚いた顔をした。
「……なるほど。確かに、大きな神通力を秘めておる。天満山三万坊様の血を引く――または生まれ変わりと言われるのも頷ける」
「わかるの?」
「当然だ。これだけの神通力を秘めていて、使い方も分からぬとは……なんと勿体ないことよ」
そう言う次郎坊の指が、人の手から鳥の足のような、細く尖ったものになった。その爪が、突然に俺の胸板に食い込んだ。
溝打ちのあたりに走った激しい痛みに耐えきれず、俺は身体を屈ませた。
「ぐあ――ぐっ!!」
「しばし、堪えよ」
無茶言うな!! これ、凄く痛いぞ。マジで!!
そう怒鳴りたかったけど、痛みが凄すぎて無理だった。胃の中が、すべて逆流しそうな感覚に、俺は膝から崩れ落ちた。
痛みが治まるまでに五分くらいかかったが、体感的には数時間にも思えた。
脂汗の浮かんだ顔を上げると、次郎坊が俺の目を覗き込んできた。
「神通力が目覚めもうした」
「ホントに?」
「左様。目を見ればわかる。力の色彩が瞳に現れておるから、あとで確認されるがよかろう。それでは、神通力について教えて差し上げよう」
まだ息の整ってない俺に、次郎坊は淡々と話を始めた。
「神通力といっても万能ではござらん。特に他者に直接干渉することは、極めて困難だと覚えておくといい」
「た……たとえば?」
「他者の身体に直接、傷を負わせること。逆に、他者の傷や病を癒やすこと。五感や命を奪うこと――というのが、主なものだろう」
「それじゃあ、戦いには不向きなんじゃ」
「そういうわけではない」
次郎坊はそう言いながら、左手の中に火の玉を生み出した。そのまま炎を握りつぶすと、今度は光の独鈷杵が手の中に収まった。
「このように神通力で生み出したものであれば、相手を傷つけることは出来る」
「なるほど……それで、どうすれば使えるようになるんですか?」
「強く念じよ。そこに火の玉があると、風が起きたと心から信じよ。空を飛べるのだと、強く信じるのだ」
次郎坊の返答に、俺は目が点になった。
「えっと……それって、思い込みがすべてってこと?」
「思い込み――そう言われるのは心外ではあるが、考え方は同じであろう」
……マジか。
俺は地面の上で胡座をかくと、自分の右手を見た。
さっきの話が本当なら――俺は手の平の上に火の玉を生み出そうとした。だけど、数分掛けても、次郎坊のような火の玉は生み出せなかった。
必死に手の平を凝視する俺に、次郎坊は腕組みしながら言ってきた。
「念じる強さが足りぬ。心の底から、そこに火の玉があると信じるのだ」
「そうは言っても……こういうのって、呪文とかいるんじゃないですか?」
「たしかに、呪文を使う者もおるだろう。だがそれは、念じる力を補強するためのものでしかない。お主の持つ神通力なら、呪文など必要ないはずだ。例えば――ふむ」
次郎坊は視線を動かしながら、小さく指を振った。
「まずは、立ち上がると良かろう。座っているよりは、集中できよう」
俺は(そういうもんかなぁ)と思いながら、無造作に立ち上がった。
「うむ――その感覚だ」
「なにが?」
俺は思わず、素になっていた。
次郎坊が後ろを見ろと、指を俺の足元へ向けた。促されるままに下を見れば、いつの間についていたんだろう――俺の両手首には見るからに重そうな、鎖に繋がれた鉄球が付いていた。
重さなんか、なにも感じなかったのに――。
驚いた拍子に、鉄球の重さが蘇った。鉄球の重さに耐えきれなくなった俺は、両腕から地面に跪いてしまった。
「それが、神通力を使うということだ。鉄球に気づかなかった故に、すぐに立ち上がれる――そう思って疑わなかったのだろう?」
「……まあ、そうですね」
「己の行動を信じよ。まずは、己の得意とすることでやってみるがいい」
得意なことったって……御菓子作りくらいしか、思い出せないなぁ。
例えば、時間をおいてクリーム状に分離した牛乳に、卵白と砂糖を入れて泡立て器で掻き混ぜること、一時間以上――それで、昔ながらのホイップクリームの完成だ。これなら、この世界でも出来そうな気はするんだけど……。
そんなことを思いながら、俺の手は自然と泡立て器でクリームを掻き混ぜている動きをし始めていた。
「烏森さん――烏森さん!」
アズサさんの声で、俺は我に返った。目の前には、アズサさんと次郎坊が俺の手をジッと見ていた。
俺がきょとん、としていると、次郎坊が手ぬぐいを差し出した。
「無意識か? 自分の手がどうなっているか、気づかぬとはな」
「手って……」
自分の手を見て、俺は驚いた。左手が、クリームでベタベタになっていたんだ。試しに嘗めてみると、さっきまで考えてきた通りの、クリームの味がした。
「これって……」
「いやもう、ビックリしましたよ? なにかを掻き混ぜるような動きをしてるなって思ったら、左手の上に白いクリームが渦を巻くように現れたんですから」
アズサさんの言葉に、俺は『そんなまさか』という目をしていたと思う。
手ぬぐいを受け取った俺に、次郎坊の口元が少し綻んだ。
「それが、神通力だ。徐々に慣れていくといい」
そんなこと言われても……そんなに時間をかけたくない。
飯を食べたら、自主練するべきかなぁ……ある程度は神通力を使いこなせないと、墨染お姉ちゃんのところへは行けそうにないし。
貰った食材で簡単に晩ご飯を食べ、屋敷の北側にあるという温泉に入った。身体を洗って――石鹸は、竹の樹液で作ったという液体石鹸みたいなものだ――から温泉を出た俺は、神通力の練習を再開した。
炎を出す練習をしてみたんだけど、だんだんと慣れてきた――と思う。でも、少し失敗して火傷したのは内緒だ。
神通力を使いすぎて疲れたのか、布団に入った途端に睡魔に襲われた。
そういえば、父さんや母さん、兄貴たちはどうしてるんだろう? 俺のことを心配していたりすんだろうか――。
布団を被ったときに、そんな考えが過ぎったけど……それも僅かなことで、疲れからかすぐに眠ってしまった。
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