さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
上 下
101 / 107
第九章:さつきの花が咲く夜に

99

しおりを挟む
 妹崎が『満』なのだとわかったあの日から
ひと月あまり。いつの間にか『満留』と呼ば
れるようになってからも久しく、それを密か
に嬉しいと思っていても、満留は『満くん♡』
などと気軽に呼ぶことが出来ずにいる。

 その理由は、うっかり他の人がいるときに
そう呼んでしまう恐れがあるからというのと、
いまや物理学分野で名の知れた准教授となり、
しかも八つも年上の彼のことを『満くん』と
呼んでいいものかどうかわからず……。

 だから時々、舌を噛みそうになりながらも
『妹崎先生』を貫いている。未だにこの飄々
とした関西弁の准教授が『満』だという事実
を、受け止め切れていない部分もあるのだ。
少々やり辛くても、それは仕方のないこと
なのだろう。満留はさらに口を尖らせると、
不平を言った。

 「会えないからって……連絡先だって交換
したじゃないですか。ひと言、メール入れて
くれれば、こんな煩わしいことしなくても」

 「せやけど、そのミス書類があれば堂々と
部屋に来られるやんか。忙しゅうて、忙しゅ
うてデートしたくても出来へんし。メールで
『来てくれ』ゆうても、気ぃ使ってさっさと
帰ってまうやろ?苦肉の策や」

 「でっ、デート???」

 悪びれる様子もなく、いきなりピンクな
ワードを口にした妹崎に満留は声をひっくり
返し、頬を朱く染める。

 どういう心境の変化か、伸びっ放しだった
髭をキレイさっぱり剃り落とし、ぼさぼさで
はあるけれど、それを短く切り揃えた前髪は
すっきりとした整った顔立ちを露わにしてく
れて……近ごろは、妹崎目当てに廊下でたむ
ろする女子生徒が後を絶たない。そうして、
女子たちに囲まれている妹崎を見かける度に、
何だか面白くないと思ってしまう自分がいる
ことに、満留は戸惑っていた。

 その矢先のデート発言だ。
 心臓はもちろん、バクバクしている。

 「デートって、もしかしてそういう意味の
デートですか?髪を切ったのも、髭を剃った
のも私のため……とか」

 頬を染めたままで上目遣いに訊くと、妹崎
はやんわりと笑う。そのしっとりとした大人
の色香に、満留の心臓はぶるりと震えてしま
った。

 「当たり前やろ?ようやっと満留に会えた
んや。しっかりハート掴まんと」

 バン、と人差し指を満留の胸に向けて撃つ
フリをして見せた妹崎に、満留は息を止める。

 十七歳の、高校生の『満』は、大人びた顔
を見せつつも、どこか孤独を背負っているよ
うな暗い影があって、その影に惹かれた部分
もあった。けれど、いまの『満』にそんな影
は微塵もなく……なのに満留は彼に惹かれて
いる。十七年という月日が彼をここまで大人
の男性に成長させたのか、はたまた、「母に
愛されている」という自信が、ここまで彼を
変えたのか?

 どちらかはわからないが、とにかく、妹崎
から大人の余裕と色香を感じる度に、満留は
どぎまぎさせられるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【プロット】ミコナとかぷせるあにまるず

せんのあすむ
ファンタジー
十歳の少女ミコナが暮らすその世界は、亡くなった人の魂が帰ってこれるという不思議なところ。 今よりもっと幼い頃に母親を病気で亡くした彼女のために、彼女の父親(ハカセ)は、帰ってきた母親の魂を自身が作った<かぷせるあにまる>に封入する。 けれど、ミコナへの想いがとても強かった母親の魂は一つには入りきらず、五つのかぷせるあにまるに分割して収められることとなった。 でも、ミコナの母親の魂を収めたかぷせるあにまるは、なぜか、タカ、トラ、オオカミ、サメ、ティラノサウルスと、どれもとても強そうな動物達の姿に。 こうして、ミコナと五体の<かぷせるあにまるず>による、少し不思議で、でもとても楽しい日常が始まったのだった。       こちらはかなりまとまりがなくなってしまったので、プロットということにします。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...