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第九章:さつきの花が咲く夜に
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「……嘘だろ?漫画じゃあるまいし、現実
にそんなことが起こるワケ……」
二枚のレシートを手に愕然としていた俺は、
父の長年の研究が『タイムスリップと時空の
歪み』であることを思い出し、顔を上げた。
「……まさか、現実に起こりうるのか?
そんなことが……」
乾いた声で言えば、それに応えるように
ざあ、と舞い風が木々やさつきの花を揺らす。
俺はゆるりと立ち上がって中庭を見渡すと、
この信じがたい現象を「事実」として静かに
受け止め始めた。
物理学者としてその界隈に名を馳せていた
父が研究していたのは、かの天才物理学者、
アルバート・アインシュタインが提唱した
「特殊相対性理論」による時空を超えた移動
が可能かどうかを証明することだ。その研究
は未だ結論が見出せないままだったが、原理
的には可能であることはすでに知られている。
俺は父の研究者としての血が自分の中にも
流れているのをひしひしと感じながら、進む
道を数学科から物理学科へ変更することを
決意した。
――そうして、心に誓う。
いつか必ず彼女と再会を果たし、伝えるの
だと。母を失くし、孤独に濡れる彼女に、
「あなたは独りじゃない」と伝えるのだと。
その後、俺は母と共に大阪に移り住むと、
志望校への現役合格を果たし、父と同じ研究
に携わることとなった。
母が死後離婚し、姓が『満』から『妹崎』
変わったのもそのころだ。すでにこの世にな
い父と、縁を切ることまでしなくても良いの
ではないかと思ったが、新たな人生を歩みた
いのだという母を止める理由もまた、なかった。
俺は妹崎紫暢となり、皮肉にも父と同じよ
うに象牙の塔にこもる生活を送ることとなっ
たが、研究や論文に忙殺される日々が続いて
も、その心や目的を見失うことはなかった。
形見の丸メガネをお守りのように身に付け
ていると父が傍にいるような、そんな錯覚を
起こすことがある。もし、父が生きていたな
ら、十七年の時を超えて出会った俺たちのこ
とを聞き、満面に喜悦の色を浮かべたに違い
ない。見たこともない父のそんな顔を想像し、
ひとり苦笑しながら、昼夜を過ごした研究室
の窓辺に立つ。曙天にうっすらと残る星灯り
に目を細めながら、重なる歳月に薄らいでゆ
こうとする彼女の面影を脳裏に留めた。
――満留さん。
――満留。
どうか大切な人の死が、少しでもやさしく
あなたに伝わりますように。どうかあの場所
でひとり、悲しみの涙に暮れることがありま
せんように。
最後に見た彼女の泣き顔が、くっ、と胸を
締め付ける。その胸の痛みがいつか再会と共
に消えることを信じ、俺は常識を打ち砕く
研究に傾倒し続けたのだった。
◇◇◇
酷く遠い声で語られたそれは、いつか聞い
たお伽話のようで、けれど手の中の折り紙が
『真実』なのだと暗に伝えている。聞き終え
た満留の頬には温かな涙が伝い、妹崎の瞳に
映り込む自分もまた光に揺れていた。
にそんなことが起こるワケ……」
二枚のレシートを手に愕然としていた俺は、
父の長年の研究が『タイムスリップと時空の
歪み』であることを思い出し、顔を上げた。
「……まさか、現実に起こりうるのか?
そんなことが……」
乾いた声で言えば、それに応えるように
ざあ、と舞い風が木々やさつきの花を揺らす。
俺はゆるりと立ち上がって中庭を見渡すと、
この信じがたい現象を「事実」として静かに
受け止め始めた。
物理学者としてその界隈に名を馳せていた
父が研究していたのは、かの天才物理学者、
アルバート・アインシュタインが提唱した
「特殊相対性理論」による時空を超えた移動
が可能かどうかを証明することだ。その研究
は未だ結論が見出せないままだったが、原理
的には可能であることはすでに知られている。
俺は父の研究者としての血が自分の中にも
流れているのをひしひしと感じながら、進む
道を数学科から物理学科へ変更することを
決意した。
――そうして、心に誓う。
いつか必ず彼女と再会を果たし、伝えるの
だと。母を失くし、孤独に濡れる彼女に、
「あなたは独りじゃない」と伝えるのだと。
その後、俺は母と共に大阪に移り住むと、
志望校への現役合格を果たし、父と同じ研究
に携わることとなった。
母が死後離婚し、姓が『満』から『妹崎』
変わったのもそのころだ。すでにこの世にな
い父と、縁を切ることまでしなくても良いの
ではないかと思ったが、新たな人生を歩みた
いのだという母を止める理由もまた、なかった。
俺は妹崎紫暢となり、皮肉にも父と同じよ
うに象牙の塔にこもる生活を送ることとなっ
たが、研究や論文に忙殺される日々が続いて
も、その心や目的を見失うことはなかった。
形見の丸メガネをお守りのように身に付け
ていると父が傍にいるような、そんな錯覚を
起こすことがある。もし、父が生きていたな
ら、十七年の時を超えて出会った俺たちのこ
とを聞き、満面に喜悦の色を浮かべたに違い
ない。見たこともない父のそんな顔を想像し、
ひとり苦笑しながら、昼夜を過ごした研究室
の窓辺に立つ。曙天にうっすらと残る星灯り
に目を細めながら、重なる歳月に薄らいでゆ
こうとする彼女の面影を脳裏に留めた。
――満留さん。
――満留。
どうか大切な人の死が、少しでもやさしく
あなたに伝わりますように。どうかあの場所
でひとり、悲しみの涙に暮れることがありま
せんように。
最後に見た彼女の泣き顔が、くっ、と胸を
締め付ける。その胸の痛みがいつか再会と共
に消えることを信じ、俺は常識を打ち砕く
研究に傾倒し続けたのだった。
◇◇◇
酷く遠い声で語られたそれは、いつか聞い
たお伽話のようで、けれど手の中の折り紙が
『真実』なのだと暗に伝えている。聞き終え
た満留の頬には温かな涙が伝い、妹崎の瞳に
映り込む自分もまた光に揺れていた。
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