さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第七章:絡みつく孤独

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 「もちろん。じゃあ、一通り済んだらそち
らに声を掛けに行きますね」

 「はい」

 満留はベッドに眠る母に「向こうで待って
るね」と声を掛けると、久保と共に病室を出た。

 そうして足早に談話室に向かう。
 まだ面会に訪れた客が幾人か残っているが、
一番端の窓際の席に座ればゆっくり読むこと
が出来るだろう。満留は、逸る気持ちを抑え
て椅子に腰かけると、紙袋から手紙を取り出
した。

 緊張に震える手で便箋を開く。
 と、そこには母の流麗な文字がさらさらと
綴られていた。



◇◇◇



 満留へ


 満留がお腹に宿った時から二十七年も一緒
に過ごしてきたのに、手紙を書くのはこれが
初めてですね。

 本当はもっと、ずっと一緒にいたかったの
だけど、どうやらそれが叶わないようなので
手紙を残します。

 お母さんが病気になったことで満留には
ずいぶん悲しい思いをさせてしまったわね。
 
 本当に、辛い思いをさせてごめんね。
 でも、お母さんはいつも幸せでした。

 満留が傍にいてくれるだけで、お母さんの
人生はいつも幸せで満たされて、感謝の気持
ちでいっぱいだった。
 だからお母さんはね、最期まで満留の
『お母さん』として生きることを選びました。

 治療をやめることで、もしかしたら人生が
少しだけ短くなってしまうかも知れないけれ
ど。それよりも満留のためにしてあげたいこ
とが沢山あった。

 満留のご飯を作ったり、お掃除をしたり、
お洋服を編んだり、思い出を作ったり。
 それが叶ったからお母さんは何一つ後悔し
ていないし、ちゃんと自分の人生を自分で看
取ることが出来て、いまは満足しています。

 だから、そんなに悲しまないでね。

 お母さんがお父さんの死を乗り越えたよう
に、満留もきっと強く生きていけると信じて
います。

 たとえ目に見えなくても、お父さんとお母
さんが傍にいることを忘れずに。
何げない出会いを大切にすることを忘れずに。

 あなたは独りじゃないのよ。
 勇気を持って、会いたい人に手を伸ばして。


 ここに、中谷のおばさんの電話番号を記し
ておきます。きっと満留の力になってくれる
と思うから、連絡してみてください。

 最後に。
 喪服は買わずに、お母さんのを使ってね。
 満留が着られるようにサイズを直して、
クローゼットにしまってあります。
 
 それじゃあ、元気でね。
 
              お母さんより



◇◇◇



 「……お母さん。最後に、喪服って……」

 いかにも、母らしい締めくくりに満留は泣
きながら吹き出してしまう。頬は涙でぐっし
ょり濡れているのに、なぜだか少しだけ悲し
みが和らいだ。

 満留は手紙を封筒に入れると、一度胸に抱
き締めた。そして、花柄の包装紙に包まれた
それを開ける。水色の小花が散り、同色のリ
ボンで綺麗にラッピングされたそれを解けば
……中から出てきたのは手編みのニットベスト。

 真っ青な空に溶けるような、水色のニット
ベストだった。
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