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第五章:心に留まる
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しおりを挟む「予算内で出来るだけ見栄えの良いものを
選んでみたのですが、どうでしょうか?」
レセプション会場に提供する飲み物や軽食
を門脇と買ってきた満留は、パソコンを覗き
込んでいた柳に声を掛けた。
二人の持つビニール袋には飲み物やプラコ
ップ、手軽に食べられそうなサンドイッチや
オードブルなどが入っていて、ずっしりと
重い。
今日の夕方、他機関の有識者を招いたイベ
ント終了後に大学会館の一室でレセプション
を行うのだが、今回は予算の関係上、飲食業
者を入れることが叶わなかったのだ。
そんな時は教務課が会場の準備を行うのだ
けれど……あくまでも交流することがメイン
とは言え、あまりに貧相な場を設ければ大学
の品位が落ちてしまう。満留は門脇の運転す
る車で近くの百貨店に行き、少しでも豪華に
見える物を見繕ってきたのだった。
「ありがとう。そんな感じでいいと思うわ。
今回はアルコール類を提供するわけじゃない
し、皆さん、飲み物以外そんなに手を出さな
いでしょうから」
メガネのブリッジ部分を中指で押さえ、柳
が頷く。足りないものがないようなら、夕方
まで冷蔵庫に保管し、直前に並べるだけだ。
「じゃあ、セッティングは皆でぱぱっとや
るとして。とりあえず、しまっておこうか?」
「はい」
満留は門脇を見上げて頷くと、給湯室に向
かい始めた彼の後に続いた。が、歩き始めた
瞬間、身体のバランスを崩した足から、
すぽっ、とパンプスの踵が抜けてしまう。
「ひゃっ!」
脱げた踵を踏んづけてさらにバランスを崩
した満留は、ふらりとよろけて近くに座って
いた事務員の背にぶつかってしまった。
「!!?」
電話の応対をしていた事務員の男性が、び
っくりして振り返る。満留は肩を竦めて小声
で「ごめんなさい」と囁くと、脱げてしまっ
たパンプスを急いで履きなおした。
「大丈夫?桜井さん」
「あ、はい。すみません」
その様子を見ていた柳が、思いきり眉を顰
めている。二十一センチの小さな黒のパンプ
スは、履き古しているせいか少々サイズが大
きくなっていた。
「そろそろ新調した方がいいんじゃない?
校内を歩き回るのに、それじゃ危ないわよ」
「そうですよね。近いうち買い換えます」
もっともなことを言われて、満留は内心、
舌を出す。買いに行かなければとは思ってい
たのだけれど、母がこんな状況では精神的に
靴を買いに行く余裕がなかった。
「どしたの?大丈夫?」
給湯室に向かいかけていた門脇が心配して
傍にきてくれる。給湯室は教務課を出てすぐ
隣だったが、飲み物が中心に入っている門脇
のビニール袋は破れそうなほど持ち手が伸び
ていて、重そうだった。
「大丈夫です!行きましょう」
そう言って満留が歩き出したその時、突然
ガラリと教務課のドアが開いた。その音に門
脇と二人、同時にドアの方を向けば、そこに
は妹崎が立っている。
「妹崎先生?」
相変わらず清潔感の「せ」の字もない彼を
見た瞬間、思わず名前を呼んでしまった満留
を見つけると、妹崎は、にぃ、と、いつもの
笑みを浮かべた。そうして、つかつかと教務
課に入って来ると、ひょい、と満留の手から
ビニール袋を取り上げた。
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