35 / 107
第四章:母のいる風景
33
しおりを挟む
「うーん……おばちゃんと待ってる」
満留はにこにこと、やさしい中谷のおばさ
んの顔を思い浮かべながら答えた。
子供も孫もいないらしいおばさんは、満留
のことを「孫みたいなものよ」といって可愛
がってくれるのだ。遊びに行くと、いつも手
作りのクッキーやゼリーを食べさせてくれる。
「ねぇ満留ちゃん。お星様のクッキー焼い
たんだけど、食べてみる?」
「うん、食べる!」
ちょこんとテーブルに座って折り紙をして
いると、おばさんは決まって手作りクッキー
が入った缶を持って来てくれた。青い鳥が描
かれた可愛らしいスチール缶の蓋を開けると、
バニラの甘い香りがふわりと漂って、思わず
頬が緩んでしまう。手に取ってぱくりと口に
放り込むと、口の中でほろほろとクッキーが
崩れて、やさしい甘さが口いっぱい広がった。
「どう?美味しい?」
「美味しい!あのね、折り紙でクッキーと
同じ形のお星様作れるよ」
「本当?じゃあ、おばちゃんに作ってく
れる?」
「うん!」
満留が遊びに行くたびに折り紙をするので、
中谷さんのおばさんちにも満留の作品がそこ
かしこに飾られているのだった。
「じゃあ明日会社に行ったら、おじさんに
伝えておくね」
そう言うと母は、ぎゅっ、と満留を後ろか
ら抱き締めてくれた。満留は母の温もりと愛
情に満たされながら、一日を終えるのだった。
保育園を卒園して小学校に上がると、満留
はいままでより『タクシードライバーのお母
さん』を身近に感じるようになった。
事務所の上に住んでいることもあって、母
に通勤時間というものはない。だから朝七時
半に母と共に事務所へ下りると、車両点検を
する母の姿を車庫の前でしばらく眺めてから
登校するのが満留の日課となっていた。
事務所の隣にあるトタン屋根の車庫には、
青いラインが鮮やかな白のクラウンがずらり
と並んでいる。母と二人、車庫へ歩いてゆく
と、すでに幾人かの社員が各々車両点検を始
めていた。
「おはよう、満留ちゃん!今日もランドセ
ルが眩しいね」
先に車両点検を終えた中谷のおじさんが、
にっかり笑って白い手を振ってくれる。
――赤でもピンクでもなく。
真っ青な空に溶けるような水色のランドセ
ルは満留のお気に入りで、トレードマークで
もあった。満留は「へへっ」と得意げに笑う
と、くるりと回って水色のランドセルを
見せた。
朝の車両点検とアルコール検査、そして体
調チェックを終えるといよいよ出庫の時刻だ。
白い手袋をして母がタクシーに乗り込む時
は、いつも少しだけどきどきした。
「満留、気を付けていってらっしゃい」
「お母さんも、いってらっしゃい!」
タクシーの窓の向こうから、母が満面の笑
みを向ける。互いに「いってらっしゃい」を
言って、走り出す母のタクシーを見送ると、
満留の一日が始まるのだった。
それから授業を終え、学童に向かう途中の
歩道でも、『タクシードライバーのお母さん』
を見つけることが出来た。
母はいつも決まった場所にタクシーを止め、
学童に向かう満留を見送ってくれるのだ。
学校を出て数十メートル歩いた先の、銀杏
並木の下がその場所だった。
「まーるっ」
「おかーさん!」
友達と肩を並べて歩いていると、母が白い
タクシーの窓からにこりと顔を覗かせてく
れる。
長く綺麗な黒髪を後ろで一本に結び、紺鼠
色のパンツスーツに水色のリボンネクタイを
締める母は他の誰よりもカッコよく、働くお
母さんは満留の自慢だった。
満留はにこにこと、やさしい中谷のおばさ
んの顔を思い浮かべながら答えた。
子供も孫もいないらしいおばさんは、満留
のことを「孫みたいなものよ」といって可愛
がってくれるのだ。遊びに行くと、いつも手
作りのクッキーやゼリーを食べさせてくれる。
「ねぇ満留ちゃん。お星様のクッキー焼い
たんだけど、食べてみる?」
「うん、食べる!」
ちょこんとテーブルに座って折り紙をして
いると、おばさんは決まって手作りクッキー
が入った缶を持って来てくれた。青い鳥が描
かれた可愛らしいスチール缶の蓋を開けると、
バニラの甘い香りがふわりと漂って、思わず
頬が緩んでしまう。手に取ってぱくりと口に
放り込むと、口の中でほろほろとクッキーが
崩れて、やさしい甘さが口いっぱい広がった。
「どう?美味しい?」
「美味しい!あのね、折り紙でクッキーと
同じ形のお星様作れるよ」
「本当?じゃあ、おばちゃんに作ってく
れる?」
「うん!」
満留が遊びに行くたびに折り紙をするので、
中谷さんのおばさんちにも満留の作品がそこ
かしこに飾られているのだった。
「じゃあ明日会社に行ったら、おじさんに
伝えておくね」
そう言うと母は、ぎゅっ、と満留を後ろか
ら抱き締めてくれた。満留は母の温もりと愛
情に満たされながら、一日を終えるのだった。
保育園を卒園して小学校に上がると、満留
はいままでより『タクシードライバーのお母
さん』を身近に感じるようになった。
事務所の上に住んでいることもあって、母
に通勤時間というものはない。だから朝七時
半に母と共に事務所へ下りると、車両点検を
する母の姿を車庫の前でしばらく眺めてから
登校するのが満留の日課となっていた。
事務所の隣にあるトタン屋根の車庫には、
青いラインが鮮やかな白のクラウンがずらり
と並んでいる。母と二人、車庫へ歩いてゆく
と、すでに幾人かの社員が各々車両点検を始
めていた。
「おはよう、満留ちゃん!今日もランドセ
ルが眩しいね」
先に車両点検を終えた中谷のおじさんが、
にっかり笑って白い手を振ってくれる。
――赤でもピンクでもなく。
真っ青な空に溶けるような水色のランドセ
ルは満留のお気に入りで、トレードマークで
もあった。満留は「へへっ」と得意げに笑う
と、くるりと回って水色のランドセルを
見せた。
朝の車両点検とアルコール検査、そして体
調チェックを終えるといよいよ出庫の時刻だ。
白い手袋をして母がタクシーに乗り込む時
は、いつも少しだけどきどきした。
「満留、気を付けていってらっしゃい」
「お母さんも、いってらっしゃい!」
タクシーの窓の向こうから、母が満面の笑
みを向ける。互いに「いってらっしゃい」を
言って、走り出す母のタクシーを見送ると、
満留の一日が始まるのだった。
それから授業を終え、学童に向かう途中の
歩道でも、『タクシードライバーのお母さん』
を見つけることが出来た。
母はいつも決まった場所にタクシーを止め、
学童に向かう満留を見送ってくれるのだ。
学校を出て数十メートル歩いた先の、銀杏
並木の下がその場所だった。
「まーるっ」
「おかーさん!」
友達と肩を並べて歩いていると、母が白い
タクシーの窓からにこりと顔を覗かせてく
れる。
長く綺麗な黒髪を後ろで一本に結び、紺鼠
色のパンツスーツに水色のリボンネクタイを
締める母は他の誰よりもカッコよく、働くお
母さんは満留の自慢だった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
【プロット】ミコナとかぷせるあにまるず
せんのあすむ
ファンタジー
十歳の少女ミコナが暮らすその世界は、亡くなった人の魂が帰ってこれるという不思議なところ。
今よりもっと幼い頃に母親を病気で亡くした彼女のために、彼女の父親(ハカセ)は、帰ってきた母親の魂を自身が作った<かぷせるあにまる>に封入する。
けれど、ミコナへの想いがとても強かった母親の魂は一つには入りきらず、五つのかぷせるあにまるに分割して収められることとなった。
でも、ミコナの母親の魂を収めたかぷせるあにまるは、なぜか、タカ、トラ、オオカミ、サメ、ティラノサウルスと、どれもとても強そうな動物達の姿に。
こうして、ミコナと五体の<かぷせるあにまるず>による、少し不思議で、でもとても楽しい日常が始まったのだった。
こちらはかなりまとまりがなくなってしまったので、プロットということにします。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる