さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第四章:母のいる風景

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 土曜の昼下がり。
 満留はベッドに身体を埋め、うつらうつら
としている母の傍らで折り紙をしていた。

 百均で買ってきた和柄の折り紙を袋から取
り出し、せっせと『お守り』を作る。たった
百円だというのに四つの柄が入っているそれ
は、丁寧に折り込めば小さく可愛らしいお守
りへと変わる。満留はその中に、『お母さん
の病気が治りますように』と、書かれた小さ
な紙切れを入れると、封をしてテーブルに
置いた。

 そうしてまた、次のお守りを作る。
 こんなことをしても何にもならないとわか
っているが、出来ることが何にもないなら、
せめて、神様に祈っていたかった。

 本当はお百度詣りでもしたい心地なのだけ
れど……それは出来ないからお守りを百個作
ってそれに祈りを込めようと思ったのだ。

 幸い、折り紙は百枚入っている。
 せっせと祈りを込めながら折っていれば、
青白い顔をして眠る母の横顔を見ても泣かず
にいられそうだった。満留は正方形の折り紙
を三角に折り、折り目をつけるとそれを開い
て両端を真ん中に折り込んだ。

 その時、窓の外から「きゃっ、きゃっ」と
子供たちの声が聞こえて、満留は手を止めた。

 席を立ち、一筋だけ折れ曲がったブライン
ドの隙間から外を見下ろせば、保育園の園庭
を子供たちが元気に走り回っている。

 ここ、国立京山病院の敷地には従業員の為
の保育園も併設されているのだ。今日は休日
だけれど、仕事で預けなければならない親が
幾人もいるのだろう。赤、青、緑、のカラー
帽子をかぶった小さな頭が、狭い園庭の中を
ぴょこぴょこと跳ねまわっていた。

 一列に並ぶタイヤの上を楽しそうに渡る
子供たちを見て、満留は知らず頬を緩める。

 そうしてふと、その光景に在りし日の記憶
を重ねた。




――母、芳子はタクシードライバーだった。

 だから、祖父母とも縁がなかった満留も、
こんな風に多くの時間を保育園で過ごしてい
たのだ。けれど、寂しいと感じたことはあま
りなかったように思う。土日は仕事休みで母
が必ず傍にいてくれたし、平日もお迎えの時
間に母が遅れることが、ほとんどなかったか
らなのだろう。

 もともと、タクシードライバーは他の職業
に比べ時間の融通が利きやすい面がある。主
な勤務形態は日勤・夜勤・隔日勤務の三種類
なのだが、母子家庭であることを考慮され、
母は日勤のみの勤務が許されていた。もちろ
ん、割増料金が発生する夜間帯に稼げない分、
給料は下がってしまう。けれど、母の勤める
タクシー会社は職場環境がとても整っていて、
事務所の上に社宅を完備していたので家賃を
大幅に節約することが出来たのだった。
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