さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第三章:准教授 妹崎 紫暢

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 満留は小首を傾げながら「なんとなく」と
曖昧な言葉を口にした。妹崎は、じぃ、と目
を細めたが、納得したように頷いた。

 「さっき、『タイムマシンなんて実現出来
るのか?』って、いうたやろ?その答えは、
特殊相対性理論による時間の伸び縮みを利用
すれば、原理的には『未来へのタイムトラベ
ル』が可能や。例えば、光速に近い速度で
宇宙へ行って戻ってくる。そうすれば、旅行
者にとってはわずかな時間しか経ってなくて
も、地球では長い年月が経過しとるっちゅう
状況を作れるんや。そんな光速の宇宙船なん
て、永遠に造れへんと思うやろ?けどな、俺
は人間が想像することはすべて実現出来ると
思うとる。空を飛ぶことを想像した人類は、
一九〇三年に十二秒間の動力飛行を実現し
た。遠く離れた人間に声を届けたいと願うた
アントニオ・メウッチは一八五四年、導線で
電気的に声を伝達する電話を発明しよった。
いま、当たり前に存在しとる文明は全部、いにしえ
の科学者が想像していたもんなんやで。
そう考えれば、いつか俺が発明したタイムマ
シンで白亜紀にだって行けるようになるかも
知れへん。リアルダイナソーや。どうや、
楽しみやろ?」

 くい、と、また片眉を上げて妹崎が満留の
顔を覗く。満留は、いま聞かされたばかりの
話が頭の中をぐるぐる回って仕方なかったけ
れど、「はい」と頷いた。

 けれどすぐに、「でも」と言葉を続ける。
 いつか本当にタイムマシンというものが実
現するなら、一つだけ恐ろしいと思うことが
あった。満留は上目遣いで妹崎を見ると、躊
躇いがちに言った。

 「でも、本当にタイムマシンで過去や未来
を行ったり来たり出来るようになると、その
時代に生きる人の人生に影響してしまいそう
で、なんだか恐いです。例えば、自分が過去
へ行ったことで、自分が生まれない未来が出
来てしまうとか……」

 むかし観た映画のことを思い出して、満留
は複雑な顔をする。文明が発達すれば人間の
暮らしはより便利になるのだろうけど、大な
り小なり、代償を払うこともあると思うから
だ。次第に悪化してゆく地球環境や世界の状
況を思えば、タイムトラベルで本来あるべき
未来が変わってしまうことだって考えら
れる。

 そう真剣に考えて口にすると、妹崎は腕を
組んで、うんうん、と頷きながら「親殺しの
パラドックスを心配しとるんやな」と言った。
 
 「親殺しの、パラドックス???」

 聞いたことのないその言葉に、満留は首を
傾げる。一瞬、妹崎は四時限目も空きコマな
のだろうか?という不安が脳裏を掠めたが、
こちらの興味の方が勝ってしまった。
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