さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第二章:何気ない出会い

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 昨日までは、この風景の中で一人過ごす
時間が大切だった。なのにいまは、隣に満
がいてくれることが嬉しい。

 そんな小さな気持ちの変化に気付けば、
何となく口にする言葉が見つからず、満留
は困ってしまった。だから、満が先に喋っ
てくれた時は、少しほっとした。

 「今日はさ、腹減ってないの?」

 開口一番に出てきた言葉がそれで、満留
は苦笑いする。腹が減ってないか、と聞か
れれば思い出してまたお腹が鳴ってしまい
そうだった。満留は暗がりの中の満を見る
と、正直に答えた。

 「お腹は、すごく空いてる。いつもここ
で買ってきたパン食べてお母さんのところ
に戻るんだけど……ちょっと足りないんだ」

 ぺろりと舌を出しながらそう言うと、満
留はトートバッグの中から昨日と同じあん
パンを取り出して見せた。もちろん、それ
にはしっかり値引きシールが貼られている。

 満は掌の丸っこいあんパンを見て、思い
きり眉を寄せた。

 「えっ、もしかして晩飯それだけ?」

 「うん」

 「それじゃあ、でかい腹の虫が鳴っても
しょうがねーや」

 あはは、と可笑しそうに笑って満が肩を
揺する。そんなに笑うほど大きな音だった
ろうかと思えば、満留はいまさら恥ずかし
くなって視線を逸らした。生理現象という
のは自分の意思でどうこう出来るものじゃ
ないだけに、難しい。けれど、自分のお腹が
鳴らなければこうして満と話すこともなかっ
たかも知れないと思うと、ちょっと複雑な気
分だった。満留は、口を尖らせると拗ねたよ
うに言った。

 「もう。恥ずかしいから昨日のことは忘れ
てってば」

 「ごめん、ごめん。いやさ、満留さんが腹
空かせてるかもと思ったからいいもん持って
来たんだ」

 その言葉に満留は満を向き、目を輝かせ
る。いいもの、というのは昨日のカイザー
パンだろうか?ハムと玉ねぎに染み込んだ
酸味のあるマヨネーズを思い出せば、口の中
に唾液が溜まってしまう。

 「ちょっと待って」

 満は小さめのワンショルダーバッグを開け、
何かを取り出すと、「はい」と満留の掌に載
せた。ころん、と満留の両手に転がってきた
それは、丸いお握りだった。

 「うわ、可愛いお握り。……ありがとう」

 ぼんやりと白んだ街灯の灯りだけではよく
わからないが、お握りは「おかか」がまぶし
てあるように見える。まだ、作ったばかりな
のかご飯がほんのりと温かく、満留はごくり
と喉を鳴らした。

 「喰ってみなよ。旨いからさ」

 昨日と同じように満に促されて、満留は
「うん」と頷く。そおっと包んであるラップ
を剥せば、やはりおかかの香しい匂いが鼻腔
をくすぐった。

 「いただきます」

 満留は大きな口を開けると、ぱくり、ぱく
りとお握りをかじった。そして、目を見開く。

 ただのおかかのお握りかと思いきや、中に
は卵の黄身が入っている。しかも、よく味わ
ってみれば、それはこってりと醤油が染み込
んでいて、もっちりとした変わった食感だった。
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