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第一章:失ったもの
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しおりを挟む姉、妃羽里がこの世を去ったあの日も、
凍て空に薄い雲が流れていた。
三回忌の法要を終え、両親や親族と共に
姉の墓に手を合わせていた古都里は、そっと
目を開けると悲痛な面持ちで墓石を眺めてい
る母の横顔を盗み見た。そうして、人知れず
拳を握りしめる。この二年の間にすっかりや
つれてしまった母の頬は、やはり涙に濡れて
いて寒々しい。
「そろそろ行こうか、母さん」
母の背に手をあて、父がそう口にすると、
母は項垂れたままで頷き、のろのろと古都里
の後ろを通り過ぎた。その二人に続くように
法要に訪れた叔父や叔母たちも歩き始める。
古都里は姉の墓を見つめ、「また来るね」
と呟くと、ひとり、親族の集団の後に続いた。
墓地に敷き詰められた砂利を踏み鳴らしな
がら肩を寄せ、ぼそぼそと話し始めた叔母
たちの後ろを歩く。古都里が背後にいること
を知っているのか、いないのか。
叔母たちの話題はやはり、姉の命を奪った
八十四歳の被告のことだった。
「執行猶予が五年ついただけでも納得い
かなかったのに、判決から半年もしないう
ちに轢いた本人が死んじゃうなんて。姉さ
んも怒りのやり場がなくて本当に可愛そう」
「そうは言ってもよ?もし生きてたとし
たって、八十四歳じゃ罪を償う前に寿命が
尽きちゃうわよ。未来ある若い子の命を奪
っておきながらなんの償いもしないで済ん
じゃうんだから、遺族は報われないわよね」
聞こえてくる話に、きゅっと唇を噛み、
古都里は歩く速度を緩める。
あの日、赤信号に気付くことなく交差点に
進入した高齢ドライバーの運転する自動車は、
横断歩道を渡っていた姉、妃羽里の命を一瞬
で奪い去ったのだ。
けれど、禁固三年、執行猶予五年の判決が
出て数か月後、被告の男性は心不全でこの世
を去ってしまった。もっとも、生きて償って
もらったところで、姉が生き返る訳でもない
のだけど……。
そんなことを思っていた古都里の耳に、
さらに声を潜めた叔母の声が届いてしまう。
「それに、妃羽里ちゃんが事故に遭う前に
妹の古都里ちゃんが『死神が見える』みたい
な、不吉なことを口にしたっていうじゃない。
私、姉さんの口からその話を聞いた時、本当
にぞっとしたっていうか。気味が悪くてその
日の夜は眠れなかったわ」
「姉さんがいつまでも立ち直れないでいる
のも、そのことが引っかかってるからだもの
ね。霊感だか何だか知らないけど……」
くっ、と胸を掴まれるような痛みを感じて
古都里はぴたりと足を止める。その時、二人
の叔母の前を歩いていた叔父がくるりと振り
返った。
「よさないか、二人とも。古都里ちゃんが
聞いてるじゃないか」
そう言って叔母たちを窘めてくれたのは、
母の真ん中の妹の連れ合いだった。母は三人
姉妹の長女で、遠方に住む二人の妹と仲が良
かったが、そのどちらも節度を欠くところが
ある。古都里は叔母たちが嫌いというわけで
はなかったが、少々苦手だった。
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