燃ゆる想いを 箏のしらべに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

橘 弥久莉

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 「で、今日は何本にする?」

 紺青の作務衣に身を包み、首に提げた白い
手拭いで汗を拭きながら雷光が訊ねる。

 「じゃあ、八本で」

 家で待つ人たちの顔を思い浮かべながら
そう答えると、雷光はしたり顔で頷いた。

 「はいよっ。じゃあ二本おまけで十本な」

 「いいんですか?二本も」

 気前のいい雷光に苦笑いすると、雷光は
一度周囲を見回し、古都里の方へ顔を寄せて
ヒソヒソ声で言う。

 「いいんだよ。金は他の客からガッポリ
頂くからさ」

 どこぞの奥様のように、手の甲で口元を
隠すようにしてそう言った雷光に、古都里
はくすくすと肩を揺らした。

 「そういうことなら。お言葉に甘えていた
だきます」

 「おうよ。待ってな、すぐ焼けっからな」

 こんがりと、程よく焦げた団子をとっぷり
と甘辛ダレに漬け込み、二本ずつ耐油の紙袋
に入れてくれる。縁を折り曲げ、熱々のそれ
をビニール袋にがさりと入れると、「お待ち
どーさん。千二百円ね」と差し出してくれた。

 「ありがとう。うわぁ、ほっかほか」

 ビニール袋を受け取りながらお金を渡した
古都里は、ほんのりと漂う甘い匂いに笑みを
零す。朝ご飯を食べてまだ一時間しか経って
いないのに、油断するとお腹が鳴ってしまい
そうだった。

 「次が最後の合同練習だな。古都里ちゃん
初の定期演奏会。俺らも気合い入れっから、
一緒に頑張ろうな」

 「はい、頑張ります!」

 互いにガッツポーズをしてそう言葉を交わ
すと、古都里はサドルに跨り「じゃあまた」
と手を振って自転車を漕ぎ始めた。


 美観地区を出てすぐの倉敷川を越え、白壁
通りを稲荷町方面へ走ってゆく。倉敷中央通
りの太い交差点を渡り、コンクリートの打ち
放し方式が雄大なスケールを誇る倉敷市立美
術館の前を通り過ぎると、古都里は細い路地
を右に曲がった。そうして落ち着いた住宅街
の中を進んでゆく。と、すぐに格子小屋組み
のどっしりとした日本家屋が左手に現れた。

 和風垣に囲まれた数寄屋門の扉を開け、敷
地内に自転車を停める。ガラリと玄関の格子
戸を開け「ただいま」と声を掛けると、長い
廊下の向こうから、ととと、と子どもの足音
が聞こえてきた。

 「お帰りなさい、古都里さん。あっ、雷光
さんのみたらし団子、買ってきてくださった
んですね」

 およそ年齢に似つかわしくない敬語でそう
言って目を輝かせている狐月こげつに、古都里は袋
を渡し「うん、いつものお土産」と朗笑する。
 ビニール袋の中を覗き、「熱々だ。すぐに
お茶を淹れますね」と張り切って言った狐月
に頷くと、古都里は靴を脱いで家に上がった。
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