96 / 111
第六章:大安吉日
95
しおりを挟む
“大丈夫だよ。心配しなくても、僕は絶対に
弥凪を離さないから。お父さんが許してくれ
るまで、頭を下げるつもりでいるし、ちゃん
と認めてもらえるように、いまよりもっと、
頑張るつもりだし。お父さんだって、いつか
きっとわかってくれるよ。だから、そんなに
悲しまないで。弥凪が泣いてると、僕まで
悲しくなっちゃうよ”
-----絶対に離さない。
そのひと言に安心したのか、弥凪はやっと
淡く笑んで僕を見上げてくれた。そうして、
僕の手からマーカーを抜き取る。ホワイト
ボードには、まだ、余白が沢山あった。
“でも、父さんが結婚を許してくれない間
に、純の病気が進行しちゃうかも知れない
でしょ?そしたら、子供の顔だって、成長
だって、純は見られなくなっちゃう”
-----ああ、やっぱり。
僕はその言葉に目を走らせると、あの日、
石神さんに言われたことを思い出した。
僕が失うことばかりに目を向けていた
せいで、弥凪まで人生を急ぎ足で進もう
としている。
----目が見えないことが、すべてではない。
その言葉の意味を理解できなければ、
閉じた瞼の裏に映る弥凪の笑顔さえ、
“見えないもの”となってしまうのだ。
僕は小さく息をつき、首を振った。
“もしかしたら、そうなるかも知れない
けど、それでも、大丈夫。弥凪の笑顔は、
いつだって僕の心に映ってるし、子供の顔
だっていくらでも思い描くことは出来るよ。
だから、焦らないで。ちゃんと、二人の
人生を歩もう。僕は絶対に、この手を離さ
ないから。信じて、お父さんのところに
帰ってあげて”
肩を抱く手に力を込めると、彼女はよう
やく安堵した顔で頷いてくれた。
その肩を引き寄せ、唇にキスを落とす。
軽く重ねただけの唇からは、ほんのりと
塩の味がした。
(着替えようか)
マーカーをホワイトボードに戻すと、
僕はクローゼットから青いチェックの
シャツを出した。
それを弥凪に着せ、その上からベージュ
のパーカーを羽織らせてやる。
初デートの日、このパーカーで覆った弥凪
にキスしたことを思い出せば、胸の奥が何だか
こそばゆい。
彼女の肩を抱いたまま、鍵を手に、部屋を
出ようとした僕の腕の中で、不意に弥凪が
立ち止まった。
「……?」
不思議に思い、彼女が目を向ける先を見や
れば、ローチェストの上、海浜公園で撮った
写真の前に置いていた小さな貝殻が、二つに
割れている。
弥凪が波打ち際で拾った、あの貝殻だ。
「あれ、いつの間に割れたんだろう?
部屋が、乾燥してたのかな……」
じっと、貝殻を見つめている弥凪にそう
言うと、彼女は僅かに不安の色を宿した目で、
僕を見た。
「また、拾いに行こう。今度は、もっと
沢山。ね」
そう笑いかけると、彼女は淡く口元で笑ん
で、僕に促されるまま、部屋を出たのだった。
弥凪を離さないから。お父さんが許してくれ
るまで、頭を下げるつもりでいるし、ちゃん
と認めてもらえるように、いまよりもっと、
頑張るつもりだし。お父さんだって、いつか
きっとわかってくれるよ。だから、そんなに
悲しまないで。弥凪が泣いてると、僕まで
悲しくなっちゃうよ”
-----絶対に離さない。
そのひと言に安心したのか、弥凪はやっと
淡く笑んで僕を見上げてくれた。そうして、
僕の手からマーカーを抜き取る。ホワイト
ボードには、まだ、余白が沢山あった。
“でも、父さんが結婚を許してくれない間
に、純の病気が進行しちゃうかも知れない
でしょ?そしたら、子供の顔だって、成長
だって、純は見られなくなっちゃう”
-----ああ、やっぱり。
僕はその言葉に目を走らせると、あの日、
石神さんに言われたことを思い出した。
僕が失うことばかりに目を向けていた
せいで、弥凪まで人生を急ぎ足で進もう
としている。
----目が見えないことが、すべてではない。
その言葉の意味を理解できなければ、
閉じた瞼の裏に映る弥凪の笑顔さえ、
“見えないもの”となってしまうのだ。
僕は小さく息をつき、首を振った。
“もしかしたら、そうなるかも知れない
けど、それでも、大丈夫。弥凪の笑顔は、
いつだって僕の心に映ってるし、子供の顔
だっていくらでも思い描くことは出来るよ。
だから、焦らないで。ちゃんと、二人の
人生を歩もう。僕は絶対に、この手を離さ
ないから。信じて、お父さんのところに
帰ってあげて”
肩を抱く手に力を込めると、彼女はよう
やく安堵した顔で頷いてくれた。
その肩を引き寄せ、唇にキスを落とす。
軽く重ねただけの唇からは、ほんのりと
塩の味がした。
(着替えようか)
マーカーをホワイトボードに戻すと、
僕はクローゼットから青いチェックの
シャツを出した。
それを弥凪に着せ、その上からベージュ
のパーカーを羽織らせてやる。
初デートの日、このパーカーで覆った弥凪
にキスしたことを思い出せば、胸の奥が何だか
こそばゆい。
彼女の肩を抱いたまま、鍵を手に、部屋を
出ようとした僕の腕の中で、不意に弥凪が
立ち止まった。
「……?」
不思議に思い、彼女が目を向ける先を見や
れば、ローチェストの上、海浜公園で撮った
写真の前に置いていた小さな貝殻が、二つに
割れている。
弥凪が波打ち際で拾った、あの貝殻だ。
「あれ、いつの間に割れたんだろう?
部屋が、乾燥してたのかな……」
じっと、貝殻を見つめている弥凪にそう
言うと、彼女は僅かに不安の色を宿した目で、
僕を見た。
「また、拾いに行こう。今度は、もっと
沢山。ね」
そう笑いかけると、彼女は淡く口元で笑ん
で、僕に促されるまま、部屋を出たのだった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
毎日告白
モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。
同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい……
高校青春ラブコメストーリー
一輪の花
月見団子
ライト文芸
日向君の部屋に飾ってある紫色の一輪の花。“ヒヤシンス”にまつわるお話です。
水月はその話を聞きどうするのか。
この作品を読んだ皆様が今改めて、いじめについて考えてくれると、作者も嬉しいです。
・ちなみに作品の名前は友達が考えてくれました。
・エダマメシチューさんと月見団子の共同創作グルーブ【プラムチック】で執筆しました。
・友達の偉大さに気付かされた作品でした。そして、学校関係者の皆様にはぜひ読んでもらいたい1作品です。
※この作品にはいじめに関する話が出てきます。
不快になる人は読書をご遠慮ください。
※HOTランキングの必須項目なのでとりあえず“男性向け”にしてますが、女性も読めます。
※この物語に出てくる思考や判断、表現に関しては作者独自の考え方です。事実無根の事が多くあるかもしれません。その辺はどうか、ご理解よろしくお願いします。
※内容的に人によっては気分が悪くなる事がありますので、その場合は急速に読む事を中止してください。
注意事項が多いですが、読者の皆様のためですので、どうかご理解ご協力をよろしくお願いいたします。
サンドアートナイトメア
shiori
ライト文芸
(最初に)
今を生きる人々に勇気を与えるような作品を作りたい。
もっと視野を広げて社会を見つめ直してほしい。
そんなことを思いながら、自分に書けるものを書こうと思って書いたのが、今回のサンドアートナイトメアです。
物語を通して、何か心に響くものがあればと思っています。
(あらすじ)
産まれて間もない頃からの全盲で、色のない世界で生きてきた少女、前田郁恵は病院生活の中で、年齢の近い少女、三由真美と出合う。
ある日、郁恵の元に届けられた父からの手紙とプレゼント。
看護師の佐々倉奈美と三由真美、二人に見守られながら開いたプレゼントの中身は額縁に入れられた砂絵だった。
砂絵に初めて触れた郁恵はなぜ目の見えない自分に父は砂絵を送ったのか、その意図を考え始める。
砂絵に描かれているという海と太陽と砂浜、その光景に思いを馳せる郁恵に真美は二人で病院を抜け出し、砂浜を目指すことを提案する。
不可能に思えた願望に向かって突き進んでいく二人、そして訪れた運命の日、まだ日の昇らない明朝に二人は手をつなぎ病院を抜け出して、砂絵に描かれていたような砂浜を目指して旅に出る。
諦めていた外の世界へと歩みだす郁恵、その傍に寄り添い支える真美。
見えない視界の中を勇気を振り絞り、歩みだす道のりは、遥か先の未来へと続く一歩へと変わり始めていた。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
An endless & sweet dream 醒めない夢 2024年5月見直し完了 5/19
設樂理沙
ライト文芸
息をするように嘘をつき・・って言葉があるけれど
息をするように浮気を繰り返す夫を持つ果歩。
そしてそんな夫なのに、なかなか見限ることが出来ず
グルグル苦しむ妻。
いつか果歩の望むような理想の家庭を作ることが
できるでしょうか?!
-------------------------------------
加筆修正版として再up
2022年7月7日より不定期更新していきます。
【完結】待ってください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。
毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。
だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。
一枚の離婚届を机の上に置いて。
ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる