90 / 111
第六章:大安吉日
89
しおりを挟む
僕はシン、と静まり返った食卓を前に、
手持ち無沙汰から寿司に手を伸ばした。
もぐもぐと、口に入れた鮪の握りを咀嚼
する。キレイな色の中トロだが、緊張した
舌の上では味がよくわからない。
「申し訳ないが……」
不意に、ずっと沈黙を守っていた父親が
口を開いた。ぼそりと、呟くような声で
聞き取りづらく、僕は口の動きを止め、
彼を向いた。
「君には申し訳ないが、やはり……
この結婚を認めることは出来ない」
ある程度、予測していたとは言え、
ずくりと、鋭いもので心臓を刺された
ような気分だった。
僕は、口の中の鮪を無理やり飲み込み、
姿勢を正した。
「それは、僕が障がいを持っているから、
ということでしょうか?」
敢えて、訊くまでもないことを、訊いた。
わざとだった。
そうと言わせることで、罪悪感を煽りた
かったのかも知れない。
父親が僕を見る。
なぜ、そんなことを訊くのかという顔
だった。
「もちろん、それが理由だよ。それ以外
に、反対する理由なんか一つもない。君は
いい青年だ。真面目で、思いやりもある。
だが、障がいのある者同士が手を取り合っ
て生きていけるほど、世の中はやさしく
ないんだ」
返ってきた答えは、理路整然としていて、
僕は頷くしかなかった。
-----世の中はやさしくない。
そんなことは、障がいを背負っている
僕が、一番よくわかっている。
だから、弥凪の手を取るまでに、迷い、
悩み、幾度も自分に問いかけてきた。
-----僕たちは二人で生きていけるのか。
親がいなくなった後も、人生は続くのだ。
いまが良ければ、それでいい。
なんて……無責任なことは言えなかった。
「確かに、世の中は僕たちにやさしく
ないかも知れません。でも、手を差し伸べ
てくれる人たちも、中にはいるんです。
だから、迷惑をかけてしまうことは承知
で、僕たちは互いの足りない部分を補い
合って……」
「君は、考えたことがあるのか?」
突然、僕の言葉は遮られた。紡ぎきれな
かった言葉は、掠れた別の言葉に変わる。
「何を、ですか」
「生まれてくる子供のことだよ。目も、
耳も聞こえない子供が生まれたら、どう
するんだ」
そのひと言は、信じられないほど僕の
心を抉った。
考えたことがない、わけじゃなかった。
けれど、それを否定することは、僕自身
を否定することになるのだ。障がいを持つ
僕は、弥凪は、生まれてきてはいけなかっ
たのか?それを、弥凪の父親である、
-----この人が言うのか?
僕は何も言えずに、ぎり、と奥歯を噛み
しめた。膝の上で拳を握りしめる。食卓に
刺すような冷たい沈黙が流れた。
まもなく、トレーに水割りとソーセージ
を載せた、弥凪が戻って来た。僕はぎこち
なく彼女に微笑みかけ、「ありがとう」と、
水割りを受け取った。
手持ち無沙汰から寿司に手を伸ばした。
もぐもぐと、口に入れた鮪の握りを咀嚼
する。キレイな色の中トロだが、緊張した
舌の上では味がよくわからない。
「申し訳ないが……」
不意に、ずっと沈黙を守っていた父親が
口を開いた。ぼそりと、呟くような声で
聞き取りづらく、僕は口の動きを止め、
彼を向いた。
「君には申し訳ないが、やはり……
この結婚を認めることは出来ない」
ある程度、予測していたとは言え、
ずくりと、鋭いもので心臓を刺された
ような気分だった。
僕は、口の中の鮪を無理やり飲み込み、
姿勢を正した。
「それは、僕が障がいを持っているから、
ということでしょうか?」
敢えて、訊くまでもないことを、訊いた。
わざとだった。
そうと言わせることで、罪悪感を煽りた
かったのかも知れない。
父親が僕を見る。
なぜ、そんなことを訊くのかという顔
だった。
「もちろん、それが理由だよ。それ以外
に、反対する理由なんか一つもない。君は
いい青年だ。真面目で、思いやりもある。
だが、障がいのある者同士が手を取り合っ
て生きていけるほど、世の中はやさしく
ないんだ」
返ってきた答えは、理路整然としていて、
僕は頷くしかなかった。
-----世の中はやさしくない。
そんなことは、障がいを背負っている
僕が、一番よくわかっている。
だから、弥凪の手を取るまでに、迷い、
悩み、幾度も自分に問いかけてきた。
-----僕たちは二人で生きていけるのか。
親がいなくなった後も、人生は続くのだ。
いまが良ければ、それでいい。
なんて……無責任なことは言えなかった。
「確かに、世の中は僕たちにやさしく
ないかも知れません。でも、手を差し伸べ
てくれる人たちも、中にはいるんです。
だから、迷惑をかけてしまうことは承知
で、僕たちは互いの足りない部分を補い
合って……」
「君は、考えたことがあるのか?」
突然、僕の言葉は遮られた。紡ぎきれな
かった言葉は、掠れた別の言葉に変わる。
「何を、ですか」
「生まれてくる子供のことだよ。目も、
耳も聞こえない子供が生まれたら、どう
するんだ」
そのひと言は、信じられないほど僕の
心を抉った。
考えたことがない、わけじゃなかった。
けれど、それを否定することは、僕自身
を否定することになるのだ。障がいを持つ
僕は、弥凪は、生まれてきてはいけなかっ
たのか?それを、弥凪の父親である、
-----この人が言うのか?
僕は何も言えずに、ぎり、と奥歯を噛み
しめた。膝の上で拳を握りしめる。食卓に
刺すような冷たい沈黙が流れた。
まもなく、トレーに水割りとソーセージ
を載せた、弥凪が戻って来た。僕はぎこち
なく彼女に微笑みかけ、「ありがとう」と、
水割りを受け取った。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
サンドアートナイトメア
shiori
ライト文芸
(最初に)
今を生きる人々に勇気を与えるような作品を作りたい。
もっと視野を広げて社会を見つめ直してほしい。
そんなことを思いながら、自分に書けるものを書こうと思って書いたのが、今回のサンドアートナイトメアです。
物語を通して、何か心に響くものがあればと思っています。
(あらすじ)
産まれて間もない頃からの全盲で、色のない世界で生きてきた少女、前田郁恵は病院生活の中で、年齢の近い少女、三由真美と出合う。
ある日、郁恵の元に届けられた父からの手紙とプレゼント。
看護師の佐々倉奈美と三由真美、二人に見守られながら開いたプレゼントの中身は額縁に入れられた砂絵だった。
砂絵に初めて触れた郁恵はなぜ目の見えない自分に父は砂絵を送ったのか、その意図を考え始める。
砂絵に描かれているという海と太陽と砂浜、その光景に思いを馳せる郁恵に真美は二人で病院を抜け出し、砂浜を目指すことを提案する。
不可能に思えた願望に向かって突き進んでいく二人、そして訪れた運命の日、まだ日の昇らない明朝に二人は手をつなぎ病院を抜け出して、砂絵に描かれていたような砂浜を目指して旅に出る。
諦めていた外の世界へと歩みだす郁恵、その傍に寄り添い支える真美。
見えない視界の中を勇気を振り絞り、歩みだす道のりは、遥か先の未来へと続く一歩へと変わり始めていた。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
本物でよければ紹介します
便葉
ライト文芸
私の名前は大久保多実、21歳、大学生
五十年以上続く老舗のオンボロ旅館の跡取り娘
そんな中、馴染みの旅行代理店が、夏の風物詩期間限定の肝試しツアーをやってみないかと企画書を持ってきた
「お盆三日間限定、古い旅館の開かずの間に泊まってみませんか?」
旅館をアピールできるいい機会だと、私は快く引き受けた。
だって、その部屋の住人も笑顔で承諾してくれたから
物心ついた時からの私の大好きな親友
その109号室の住人は、私の友人であって、この世界には存在しない人
そんな彼が、私とこの旅館のために一肌脱いでくれるというが…
きみと最初で最後の奇妙な共同生活
美和優希
ライト文芸
クラスメイトで男友達の健太郎を亡くした数日後。中学二年生の千夏が自室の姿見を見ると、自分自身の姿でなく健太郎の姿が鏡に映っていることに気づく。
どうやら、どういうわけか健太郎の魂が千夏の身体に入り込んでしまっているようだった。
この日から千夏は千夏の身体を通して、健太郎と奇妙な共同生活を送ることになるが、苦労も生じる反面、健太郎と過ごすにつれてお互いに今まで気づかなかった大切なものに気づいていって……。
旧タイトル:『きみと過ごした最後の時間』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※初回公開・完結*2016.08.07(他サイト)
*表紙画像は写真AC(makieni様)のフリー素材に文字入れをして使わせていただいてます。
思い出せてよかった
みつ光男
ライト文芸
この物語は実在する"ある曲"の世界観を
自分なりに解釈して綴ったものです。
~思い出せてよかった…
もし君と出会わなければ
自分の気持ちに気づかないまま
時の波に流されていただろう~
ごくごく平凡なネガティブ男子、小林巽は
自身がフラれた女子、山本亜弓の親友
野中純玲と少しずつ距離が縮まるも
もう高校卒業の日はすぐそこまで来ていた。
例えば時間と距離が二人を隔てようとも
気づくこと、待つことさえ出来れば
その壁は容易く超えられるのだろうか?
幾つかの偶然が運命の糸のように絡まった時
次第に二人の想いはひとつになってゆく。
"気になる" から"好きかも?" へ
"好きかも?"から "好き"へと。
もどかしくもどこかほんわりした
二人の物語の行方は?
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる