「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第五章:薄明の中で

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 薄明に照らされた狭い部屋に、情けない
僕の声が響く。涙で顔をぐしゃぐしゃに
して泣き続ける僕の背を、弥凪は母のよう
に優しく撫でてくれる。

 その温もりは、泣いていいのだと、もう、
一人で抱えなくていいのだと言ってくれて
いるようで、僕の涙は止まらない。



-----ずっと、弥凪を見ていたい。

-----見える世界を、失くしたくなんかない。



 その言葉を、幾度も心の中で繰り返しなが
ら、僕は部屋が朝日に照らされるまで、泣き
続けた。










 二人で朝を迎えたあの日から、半年が
過ぎた。僕の見える世界は相変わらず
狭かったけれど、僕たちは穏やかに、つつがなく
日々を過ごしていた。
 そんな中で、小さな変化はいくつかあっ
た。その一つは、弥凪が就労支援プログラ
ムを終え、トライアル雇用先に就職した
ことだ。
 彼女は幼児向け教材を制作する会社に
就職し、教材やパンフレットのイラスト制作
アシスタントとして活躍している。この会社
には、もう一人事業所の卒業生が在籍して
いるし、自社内制作なので厳しい納期や残業
もほぼない。チームで仕事をしていくので、
コミュニケーションに多少の不安はあった
ようだけれど、その点も事業所の先輩が
カバーしてくれたので、弥凪の就職はすんな
りと決まった。

 そして、もう一つの変化が、町田さん
と咲さんだ。彼らの仲は、海浜公園から
二回目のデートで進展し、晴れて恋人同士
となった。

 「もうさぁ、咲が本当に可愛くてさー」

 と、昼休みのたびに町田さんの惚気話を
聞かされるようになったのは少し苦痛だけ
れど、彼のデスクの上に飾られている、
ビーナスベルトを背景に笑い合う二人の写真
を見るたび、ほっこりしてしまう僕もいる。
土産屋で買ったお揃いのフォトフレームは、
僕の部屋のローチェストにも飾られていて、
その写真を見るたびに「また、行きたいね」
と、思い出話をするのが、僕たち“4人の”
通例となっていた。

 そう、付き合い始めた町田さんと咲さん
は、僕の部屋に泊まりに来るようになった
のだ。その頻度は、月に一度か二度だけれ
ど、僕は元々独占欲が強い方なので、最初
のうちは二人の時間が削られてしまうようで
少し寂しかった。
 けれどいまは、彼らが僕の部屋に押し掛
けることを、感謝すらしている。
 手話のスパルタ講師が二人に増えたこと
で、僕の手話スキルは格段に上がったし、
酒を飲みながら、他愛もない話で盛り上が
りながら、共に夜を明かすのはとても楽し
かった。

 だから、僕の部屋の片隅には、客人用の
布団が二組積み重なっている。彼らのマグ
カップや歯ブラシも増えたから、僕の部屋
は一見すると、4人が暮らしているように
見えるだろう。
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