43 / 111
第三章:雨の中で
42
しおりを挟む
人混みを抜け、駐車場へ出ると、テントの
灯りが届かないその場所は視界が悪かった。
1本の街灯がぼんやりと辺りを照らしては
いるが、夜目の効かない僕にはかなり暗く見え
てしまう。
じゃり、と、駐車場に敷き詰められた砂利の
音を聞きながら、僕は駐車場の脇にある筈の
倉庫を探した。
町田さんの話では、倉庫と木々の隙間を
抜けると、眼下に街を見下ろせる場所が
あるらしい。そのことを彼女にも伝えると、
彼女は、すっ、と黒い建物を指差し、僕の
手を引いて歩き始めた。
「ほんとにあった」
彼女に手を引かれながら、人二人がやっと
通れるくらいの隙間を抜けると、茂みの中に、
やはり、人二人がやっと立てるくらいの
スペースがあった。彼女と肩を並べ、石造り
の手摺りの下を覗く。
僕たちが上がって来た坂道を、幾人かの人影
が下ってゆくのが見える。僕は小さく霞んで
見える街灯りの上に広がる、真っ暗な空を見や
った。時刻は8時を過ぎている。花火はどの
辺りに上がるのだろうか?
「どの辺りかな?」
きょろきょろと空を見上げながらそう
言った、その時だった。
ヒューー、と竹笛のような音がしたかと
思うと、ドォーーンと夜空の向こうに大きな
花火が散った。
「始まった!!」
僕は丸く削れた視界の向こうに広がる、眩い
光の輪に声を上げた。彼女も手を叩きながら、
嬉しそうに空を見上げる。
すーっ、と黄色い光が尾を引いて放射状に
飛び散ったり、赤と黄色の光が、ぱっと牡丹の
花のように咲いたり、シュルシュルと音を鳴ら
しながら、夜空を回転する花火も見える。
頭上で広がる花火に比べれば迫力は劣るけれ
ど、風にのって聞こえる音も風情があったし、
何より、人混みを避けて静かに観賞できるのは
とても贅沢だった。
僕たちは、しばらくの間、秋の夜空に広がる
キレイな花火に見惚れた。
そして時折、互いを向き、笑みを交わした。
次第に、トクリトクリ、と、胸の鼓動が大き
くなってゆく。この花火が終わってしまう前に
伝えよう。そう思えば、いつ切り出そうか、
どう伝えようか、そんな思いばかりが頭を擡げ
てしまう。この場所は花火を眺めるには最適だ
が、暗すぎて手話も指文字もよく見えない。
携帯に文字を打つ手もあるが、何となく活字
ではなく、生の言葉を伝えたかった。
僕はひとつ呼吸をして息を整えると、彼女の
手を握った。彼女がこちらを向く。
僕は彼女の指を広げ、手の平に文字を書いた。
(すきだよ)
ゆっくりと平仮名でそう綴ると、彼女は数秒
考えたのち、弾かれたように顔を上げた。
僕は手を握ったままで、言葉を続ける。
灯りが届かないその場所は視界が悪かった。
1本の街灯がぼんやりと辺りを照らしては
いるが、夜目の効かない僕にはかなり暗く見え
てしまう。
じゃり、と、駐車場に敷き詰められた砂利の
音を聞きながら、僕は駐車場の脇にある筈の
倉庫を探した。
町田さんの話では、倉庫と木々の隙間を
抜けると、眼下に街を見下ろせる場所が
あるらしい。そのことを彼女にも伝えると、
彼女は、すっ、と黒い建物を指差し、僕の
手を引いて歩き始めた。
「ほんとにあった」
彼女に手を引かれながら、人二人がやっと
通れるくらいの隙間を抜けると、茂みの中に、
やはり、人二人がやっと立てるくらいの
スペースがあった。彼女と肩を並べ、石造り
の手摺りの下を覗く。
僕たちが上がって来た坂道を、幾人かの人影
が下ってゆくのが見える。僕は小さく霞んで
見える街灯りの上に広がる、真っ暗な空を見や
った。時刻は8時を過ぎている。花火はどの
辺りに上がるのだろうか?
「どの辺りかな?」
きょろきょろと空を見上げながらそう
言った、その時だった。
ヒューー、と竹笛のような音がしたかと
思うと、ドォーーンと夜空の向こうに大きな
花火が散った。
「始まった!!」
僕は丸く削れた視界の向こうに広がる、眩い
光の輪に声を上げた。彼女も手を叩きながら、
嬉しそうに空を見上げる。
すーっ、と黄色い光が尾を引いて放射状に
飛び散ったり、赤と黄色の光が、ぱっと牡丹の
花のように咲いたり、シュルシュルと音を鳴ら
しながら、夜空を回転する花火も見える。
頭上で広がる花火に比べれば迫力は劣るけれ
ど、風にのって聞こえる音も風情があったし、
何より、人混みを避けて静かに観賞できるのは
とても贅沢だった。
僕たちは、しばらくの間、秋の夜空に広がる
キレイな花火に見惚れた。
そして時折、互いを向き、笑みを交わした。
次第に、トクリトクリ、と、胸の鼓動が大き
くなってゆく。この花火が終わってしまう前に
伝えよう。そう思えば、いつ切り出そうか、
どう伝えようか、そんな思いばかりが頭を擡げ
てしまう。この場所は花火を眺めるには最適だ
が、暗すぎて手話も指文字もよく見えない。
携帯に文字を打つ手もあるが、何となく活字
ではなく、生の言葉を伝えたかった。
僕はひとつ呼吸をして息を整えると、彼女の
手を握った。彼女がこちらを向く。
僕は彼女の指を広げ、手の平に文字を書いた。
(すきだよ)
ゆっくりと平仮名でそう綴ると、彼女は数秒
考えたのち、弾かれたように顔を上げた。
僕は手を握ったままで、言葉を続ける。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
毎日告白
モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。
同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい……
高校青春ラブコメストーリー
一輪の花
月見団子
ライト文芸
日向君の部屋に飾ってある紫色の一輪の花。“ヒヤシンス”にまつわるお話です。
水月はその話を聞きどうするのか。
この作品を読んだ皆様が今改めて、いじめについて考えてくれると、作者も嬉しいです。
・ちなみに作品の名前は友達が考えてくれました。
・エダマメシチューさんと月見団子の共同創作グルーブ【プラムチック】で執筆しました。
・友達の偉大さに気付かされた作品でした。そして、学校関係者の皆様にはぜひ読んでもらいたい1作品です。
※この作品にはいじめに関する話が出てきます。
不快になる人は読書をご遠慮ください。
※HOTランキングの必須項目なのでとりあえず“男性向け”にしてますが、女性も読めます。
※この物語に出てくる思考や判断、表現に関しては作者独自の考え方です。事実無根の事が多くあるかもしれません。その辺はどうか、ご理解よろしくお願いします。
※内容的に人によっては気分が悪くなる事がありますので、その場合は急速に読む事を中止してください。
注意事項が多いですが、読者の皆様のためですので、どうかご理解ご協力をよろしくお願いいたします。
サンドアートナイトメア
shiori
ライト文芸
(最初に)
今を生きる人々に勇気を与えるような作品を作りたい。
もっと視野を広げて社会を見つめ直してほしい。
そんなことを思いながら、自分に書けるものを書こうと思って書いたのが、今回のサンドアートナイトメアです。
物語を通して、何か心に響くものがあればと思っています。
(あらすじ)
産まれて間もない頃からの全盲で、色のない世界で生きてきた少女、前田郁恵は病院生活の中で、年齢の近い少女、三由真美と出合う。
ある日、郁恵の元に届けられた父からの手紙とプレゼント。
看護師の佐々倉奈美と三由真美、二人に見守られながら開いたプレゼントの中身は額縁に入れられた砂絵だった。
砂絵に初めて触れた郁恵はなぜ目の見えない自分に父は砂絵を送ったのか、その意図を考え始める。
砂絵に描かれているという海と太陽と砂浜、その光景に思いを馳せる郁恵に真美は二人で病院を抜け出し、砂浜を目指すことを提案する。
不可能に思えた願望に向かって突き進んでいく二人、そして訪れた運命の日、まだ日の昇らない明朝に二人は手をつなぎ病院を抜け出して、砂絵に描かれていたような砂浜を目指して旅に出る。
諦めていた外の世界へと歩みだす郁恵、その傍に寄り添い支える真美。
見えない視界の中を勇気を振り絞り、歩みだす道のりは、遥か先の未来へと続く一歩へと変わり始めていた。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
An endless & sweet dream 醒めない夢 2024年5月見直し完了 5/19
設樂理沙
ライト文芸
息をするように嘘をつき・・って言葉があるけれど
息をするように浮気を繰り返す夫を持つ果歩。
そしてそんな夫なのに、なかなか見限ることが出来ず
グルグル苦しむ妻。
いつか果歩の望むような理想の家庭を作ることが
できるでしょうか?!
-------------------------------------
加筆修正版として再up
2022年7月7日より不定期更新していきます。
【完結】待ってください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。
毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。
だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。
一枚の離婚届を机の上に置いて。
ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる