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第三章:雨の中で

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 僕はガリガリと頭を掻きながら、
「そうかな」と、首を傾げて見せた。

 それからは、二人で色んなことを話した。
 彼女の手話は、お母さんが教えてくれた
こと。
 手話を話せる、咲ちゃんという親友がいる
こと。
 僕は暗闇で目が見えにくいこと。
 事業所の町田さんとは仲良し(?)だという
こと。そして、病気がわかってからいままで、
少しずつ視野が狭くなっていること。
 それらは、やはり、ほとんどが携帯での
やり取りになってしまったけれど、時々、
彼女は手話を交えて話してくれるようになった
し、僕の障がいのことを知ろうとする気持ち
も伝わってきて、嬉しかった。

 (いまは、どれくらいの範囲が見えてるん
ですか?)

 少し躊躇いがちに彼女が僕の顔を覗く。
 僕は、「そうだなぁ」と呟きながら、両手で
顔の前に円を作り、筒を覗くようにして見える
世界を表現した。

 「これくらいかな」

 バレーボールの大きさよりも少し狭くなった
視界の向こうで、子供たちが手を繋ぎ、輪に
なっている。僕の場合、周辺から中心に向かっ
て視野が狭くなるタイプの症状だけれど、
中心部の視野が欠けてしまう人もいるらしい。
正常な人の視野が100度なら、僕の視野は
40度くらい。進行が遅い分、検査も年に一度
だから、いまはもう少し進んでいるかも知れ
ないけれど……

 ふと、隣を見ると、彼女も僕と同じように
手で円を作り、僕と同じ世界を覗いていたの
で、可笑しくて笑ってしまった。
 ぷっ、と吹き出した僕に気付き、彼女が筒を
覗いたままで僕を向く。
 筒の向こうで照れたようにはにかんだ顔が、
可愛くて、可愛くて、僕は思わず「好きだ」と
言ってしまいたくなる衝動を抑えるのに、苦心
した。

 (少し、歩こうか)

 食べ終えたゴミをまとめたビニール袋を
手にすると、立ち上がった。
 陽が落ちてきて少し肌寒くなってきたし、
このまま彼女を見ていたら、1秒ごとに
愛おしくなってしまいそうだ。

 帰るにはまだ早いし、園内をぐるりと散歩
して歩けば、まだ青いイチョウ並木もキレイ
だろう。長い時間座っていたので、両手を
空高く上げて伸びをすると、目の前の歩道を、
手を繋いだ恋人たちがのんびりと通り過ぎた。

 ちら、と、その後ろ姿を目で追ってしまう。
 僕も彼女の手を握りたいけれど……
 隣に立った彼女が、屈託のない笑顔を僕に
向けているので、断念した。

 それから僕たちは、巨大遊具で遊ぶ子供
たちを眺めながら、噴水広場を抜け、最後に
イチョウ並木を歩いて公園を後にした。





 最寄り駅に着くと、少し前に降り出した
雨が、アスファルトを濡らしていた。
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