26 / 111
第二章:こころの声
25
しおりを挟む
「誰にも相談できないというのは、よくわか
りますよ。わたしも、妻と出会ったころは悩み
ましたから。障がいのある人と、健康な人と
では物事の視点も考え方も異なってくる。
もし、健康な人に自分の未来を否定されて
しまったらと思うと恐ろしくて、なかなか
打ち明けられませんでした」
石神さんの言うことは、一つ一つが嫌と言う
ほど理解できた。
障がいを持つ僕らと、健康な人との間にあ
る、見えない壁のようなもの。
その壁のこちら側にいたいがために、僕は
必死に、普通の人と同じように生きていこう
としているのだ。彼女となら、こんな想い
さえ分かち合えるのだろうけど………
僕を選ぶことで、彼女が傷つくようなことが
あったら、悲しい。そう思えば、どうしたって
怖気づいてしまうのだ。
「決して、障がいを背負って生きたかった
わけじゃないのに、この病気になったのは、
僕のせいじゃないのに……人を好きになった
だけで悩まなきゃならないなんて……不毛で
すよね」
らしくない愚痴が、口をついて出る。
肩を並べて立つ石神さんが、少しだけ僕を
向いたのが、わかる。
「わたしの口からは、あまり含蓄のあること
言えないのだけどね……互いの足りない部分を
補えるのが、理想の夫婦だと思うんです。わた
しはこう見えてとても几帳面なところがあっ
て、金銭的な管理や、役所の手続きなんかは
全部わたしがやってる。その代わり、妻はわた
しが苦手な機械いじりが得意だ。パソコンの
設定だとか、プリンターの接続なんかも、
全部妻がやってくれる。夫婦は二人で一人。
そのあり方は、まだ若い君たちにも、通ずる
ところがあるんじゃないかな」
そう言って、にこりと笑った石神さんの言葉
は、すべての不安を吹き飛ばすほどの威力はな
かったけれど、僕を元気づけるには十分だった。
「二人で一人、か。そんな風に考えたこと、
ありませんでした」
僕はサングラスの向こうに並んで歩く、
恋人たちの姿を見た。
楽しそうに笑いあいながら、腕を絡ませ、
駅に向かっている。
-----確かに、僕にも、彼女にも、足りない
ものがある。
けれど、その足りない部分を補いあって、
生きてゆけるなら……
僕たちも、あの恋人たちのように、同じ風景
の中を笑って歩いてゆけるのではないだろうか。
そんなことを思って、知らず、頬を緩めて
いた僕に、石神さんが言った。
「まずは、彼女の気持ちを確認して、
それから……ですかね」
「はい」
胸のつかえが下りたように、力強く返事を
すると、彼は満足そうに頷いて盲人用の腕時計
に触れた。
ガラスのフェイス部分を開け、針に触れる
ことで、時刻を知ることが出来る仕様だ。
りますよ。わたしも、妻と出会ったころは悩み
ましたから。障がいのある人と、健康な人と
では物事の視点も考え方も異なってくる。
もし、健康な人に自分の未来を否定されて
しまったらと思うと恐ろしくて、なかなか
打ち明けられませんでした」
石神さんの言うことは、一つ一つが嫌と言う
ほど理解できた。
障がいを持つ僕らと、健康な人との間にあ
る、見えない壁のようなもの。
その壁のこちら側にいたいがために、僕は
必死に、普通の人と同じように生きていこう
としているのだ。彼女となら、こんな想い
さえ分かち合えるのだろうけど………
僕を選ぶことで、彼女が傷つくようなことが
あったら、悲しい。そう思えば、どうしたって
怖気づいてしまうのだ。
「決して、障がいを背負って生きたかった
わけじゃないのに、この病気になったのは、
僕のせいじゃないのに……人を好きになった
だけで悩まなきゃならないなんて……不毛で
すよね」
らしくない愚痴が、口をついて出る。
肩を並べて立つ石神さんが、少しだけ僕を
向いたのが、わかる。
「わたしの口からは、あまり含蓄のあること
言えないのだけどね……互いの足りない部分を
補えるのが、理想の夫婦だと思うんです。わた
しはこう見えてとても几帳面なところがあっ
て、金銭的な管理や、役所の手続きなんかは
全部わたしがやってる。その代わり、妻はわた
しが苦手な機械いじりが得意だ。パソコンの
設定だとか、プリンターの接続なんかも、
全部妻がやってくれる。夫婦は二人で一人。
そのあり方は、まだ若い君たちにも、通ずる
ところがあるんじゃないかな」
そう言って、にこりと笑った石神さんの言葉
は、すべての不安を吹き飛ばすほどの威力はな
かったけれど、僕を元気づけるには十分だった。
「二人で一人、か。そんな風に考えたこと、
ありませんでした」
僕はサングラスの向こうに並んで歩く、
恋人たちの姿を見た。
楽しそうに笑いあいながら、腕を絡ませ、
駅に向かっている。
-----確かに、僕にも、彼女にも、足りない
ものがある。
けれど、その足りない部分を補いあって、
生きてゆけるなら……
僕たちも、あの恋人たちのように、同じ風景
の中を笑って歩いてゆけるのではないだろうか。
そんなことを思って、知らず、頬を緩めて
いた僕に、石神さんが言った。
「まずは、彼女の気持ちを確認して、
それから……ですかね」
「はい」
胸のつかえが下りたように、力強く返事を
すると、彼は満足そうに頷いて盲人用の腕時計
に触れた。
ガラスのフェイス部分を開け、針に触れる
ことで、時刻を知ることが出来る仕様だ。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
毎日告白
モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。
同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい……
高校青春ラブコメストーリー
一輪の花
月見団子
ライト文芸
日向君の部屋に飾ってある紫色の一輪の花。“ヒヤシンス”にまつわるお話です。
水月はその話を聞きどうするのか。
この作品を読んだ皆様が今改めて、いじめについて考えてくれると、作者も嬉しいです。
・ちなみに作品の名前は友達が考えてくれました。
・エダマメシチューさんと月見団子の共同創作グルーブ【プラムチック】で執筆しました。
・友達の偉大さに気付かされた作品でした。そして、学校関係者の皆様にはぜひ読んでもらいたい1作品です。
※この作品にはいじめに関する話が出てきます。
不快になる人は読書をご遠慮ください。
※HOTランキングの必須項目なのでとりあえず“男性向け”にしてますが、女性も読めます。
※この物語に出てくる思考や判断、表現に関しては作者独自の考え方です。事実無根の事が多くあるかもしれません。その辺はどうか、ご理解よろしくお願いします。
※内容的に人によっては気分が悪くなる事がありますので、その場合は急速に読む事を中止してください。
注意事項が多いですが、読者の皆様のためですので、どうかご理解ご協力をよろしくお願いいたします。
サンドアートナイトメア
shiori
ライト文芸
(最初に)
今を生きる人々に勇気を与えるような作品を作りたい。
もっと視野を広げて社会を見つめ直してほしい。
そんなことを思いながら、自分に書けるものを書こうと思って書いたのが、今回のサンドアートナイトメアです。
物語を通して、何か心に響くものがあればと思っています。
(あらすじ)
産まれて間もない頃からの全盲で、色のない世界で生きてきた少女、前田郁恵は病院生活の中で、年齢の近い少女、三由真美と出合う。
ある日、郁恵の元に届けられた父からの手紙とプレゼント。
看護師の佐々倉奈美と三由真美、二人に見守られながら開いたプレゼントの中身は額縁に入れられた砂絵だった。
砂絵に初めて触れた郁恵はなぜ目の見えない自分に父は砂絵を送ったのか、その意図を考え始める。
砂絵に描かれているという海と太陽と砂浜、その光景に思いを馳せる郁恵に真美は二人で病院を抜け出し、砂浜を目指すことを提案する。
不可能に思えた願望に向かって突き進んでいく二人、そして訪れた運命の日、まだ日の昇らない明朝に二人は手をつなぎ病院を抜け出して、砂絵に描かれていたような砂浜を目指して旅に出る。
諦めていた外の世界へと歩みだす郁恵、その傍に寄り添い支える真美。
見えない視界の中を勇気を振り絞り、歩みだす道のりは、遥か先の未来へと続く一歩へと変わり始めていた。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
【完結】待ってください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。
毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。
だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。
一枚の離婚届を机の上に置いて。
ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる