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愛しかない
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しおりを挟む「……一花は?」
「寝た。いま、部屋に運んだとこ」
すん、と鼻を啜りながら起き上がった
私の肩にポンと手を置くと、彼はそのまま
肩を抱き寄せる。じんわりと、彼の体温が
凍り付いた心に沁みてくる。
やっと止まってくれた涙が、また込み上
げてきてしまって、私はその温かい胸に顔
を埋めた。
「ごめんな」
彼の匂いと温もりに包まれながら、ほぅ
と息をついた私の耳に、そんな言葉が降っ
てきてのそりと顔を上げる。
腕の中から覗いた瞳は、悲し気に歪んで
いるというのに、どこか優しい。
初めて「愛している」と、言ってくれた
時の目に、似ている気がした。
「ううん」と、小さく首を振った私に、
尚も「ごめんな」と口にする。
そして子供の頭を撫でるように優しく、
優しく髪を撫でると、彼は息を吐き出し
ながら言った。
「子供がいなければ、離婚出来たのにな。
こんなことになって、辛い思いばっかさせ
て。本当に、ごめんな」
その言葉に、ぶわっ、と二つの眼から
涙が溢れ出した。
一番辛い思いをしているのは、彼なのに。
残酷な病に選ばれてしまったことを、
誰よりも嘆いているのは彼なのに。
どうして私は、自分ばかりが辛いと勘違
いしてしまったのだろう?
「死」が二人を分かつまで、と、神様に
誓ったのに。そんな悲しいことを言わせて
しまうほど、私は彼を追い詰めてしまった。
「ごめっ……大ちゃ……」
ひっく、ひっく、と、しゃくりあげなが
ら、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼
のパジャマを握りしめる。
「大好きなのにっ……ごめんね」
震える喉から、そう声を絞り出すと、
大ちゃんの目からも涙が溢れ出してしまった。
私たちは互いにしがみつくように抱き合う
と、そのまま、嗚咽を漏らしながら、夜が
更けるまで泣いた。
――病める時も、健やかなるときも、
愛することを誓う。
「永遠」という言葉の重みを、初めて理解
した夜だった。
それからの日々は、意外なほど明るかった。
人間という生き物は、一度覚悟が出来てし
まうと、案外、強いのかも知れない。
――前を向いて生きる。
二人でそう決めた瞬間から、真っ暗に思え
ていた未来に一筋の光が射し始める。私たち
は本屋を梯子して専門書を買い漁り、生き方
を模索するために若年性認知症総合支援セン
ターへと足を運んだ。
本来、大ちゃんはとても前向きな性格だ。
負けず嫌いで、自信家なところもあって、
だから、大手自動車メーカーのディーラー
として数々の営業成績を残している。
だから、その性格と業務経験を活かして
次の仕事を探したいとコーディネーターさ
んに相談すると、彼女はやんわりと首を
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