あなたの心に触れるまで

橘 弥久莉

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 そのあとで、嘉一に連絡を入れる。
 史也のことで頭がいっぱいになっていた
が、待ち合わせの時間をとうに過ぎていて、
上映まであと十五分もなかった。

 電話をするとすぐに呼び出し音が途切れ、
嘉一が出てくれる。

 「本当にごめんなさい!!」

 『どうしたの。何かあったの?』

 いきなり謝った凪紗に、嘉一の声は穏や
かだった。遅刻を責めるどころか、凪紗を
案じてくれるやさしい彼にチクと胸が痛む。

 「実は息子から電話があって、バイト先
で手を怪我したって。……それでね」

 カツカツと歩きながら、映画に行けない
ことを口にしようとする。けれど、それを
言う前に、彼の声が聞こえた。

 『わかった。僕の方は大丈夫だから早く
息子さんのところに行ってあげて』

 「本当にごめんなさい。わたしが誘った
のに、直前になってこんなこと」

 『そんなの気にすることないよ。それよ
り大変だね。息子さんの怪我、大事に至ら
ないといいけど』

 嘉一の言葉にツンと鼻先が痛んでしまう。

 いつもなら一人で抱えなければならない
不安を、彼が分かち合ってくれている気が
する。

 「息子はいまタクシーで救急外来に向か
ってるの。だからわたしも病院に駆け付け
るつもりなんだけど、あなたのことだから
先に映画のチケット買ってくれてるわよね?
お金まで出させちゃって、本当にごめんね」

 『チケットは買ったけど、上映期間中は
使えるからさ。息子さんのことが落ち着い
たら、また観に行けばいいよ』

 「うん。その時は必ず行く」

 『それじゃ、気を付けてね』

 「ありがとう」

 電話を切ると、凪紗はそのまま自動改札
に携帯をタッチして改札を抜ける。史也は
そろそろ病院に着いただろうか?息子から
の連絡を気にしながら電車に乗り込むと、
凪紗は車窓に映り込む顔がすっかり母親に
戻っていることに微苦笑を浮かべた。





 「先生から説明があったと思いますけど、
救急外来だとお薬を二日分しか出せないの
で抗生物質がなくなったら改めて整形外科
の方を受診してください」

 「はい、わかりました」

 夜間救急外来の待合室で看護師から薬袋
を受け取ると、凪紗はぺこりと頭を下げる。

 処置室で傷口を縫合してもらった史也の
手は真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされて
おり、けれど五針縫う結構な傷だったわり
に麻酔が効いているのかケロリとしている。
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