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 二人の間に流れる空気が変わったことに
気付き、嘉一が凪紗を見つめる。

 「だからね、いまならわかるの。あなた
が『好きだけど別れよう』って言った気持
ちが。好きでいても許せないことや、譲れ
ないことがあるのよね。わたしも、そう。
浮気ぐらい子どものために我慢している人
はたくさんいるのに、彼はわたしのものじ
ゃないと思ったら顔を見るのも辛くて、悲
しくて、ダメだった。だから、好きだけど
別れたの」

 あなたもそうなんでしょう?

 その言葉は口にせず言外に込める。

 嘉一が何を思って自分の元を去ったのか
凪紗は知らない。木曜の放課後、美術部で
共同作品に携わるうちに次第に彼との距離
が縮まって付き合いだしたのは高二の秋で。

 どちらかというと物静かな彼を、明るく
社交的な凪紗が引っ張ってゆくような関係
だった。けれど二人の心は上手く絡み合っ
ていて、一緒にいるだけで幸せだったのだ。

 手を繋いで歩けば二人を包む空気は桃色
に染まって見えたし、初めて身体を重ねた
時は、彼とひとつになれた痛みを一生忘れ
ないだろうと思った。

 なのに、運命は残酷に二人の距離を遠く
した。高三の夏、親の都合で嘉一が北海道
に引っ越してしまったのだ。それからも恋
は続いたのだが、物理的な距離に会えない
時間が増え、いつしか恋人の不在に慣れた
頃、嘉一はあの言葉を残し去ってしまった。

 じっと凪紗を見つめていた嘉一が、目を
伏せる。そして徐に顔を上げると、長い間
胸に留めていた想いを吐き出した。

 「許せないことがあった訳じゃないよ。
譲れないことも、なかった。どこにいても、
誰といても、いつも自信に満ち溢れて明る
く輝いている君を愛しいと思ってた」

 その言葉が、嘉一の瞳が、信じられない
ほど凪紗の心を揺さぶる。

 ならばなぜ、彼は自分の元を去ったのか。

 疑問や遣る瀬無い想いがぐるぐると渦巻
いて、瞬く間に心の中を散らかしていった。

 「じゃあどうして?」

 彼を責めてはいけない。

 そう自分に言い聞かせながら絞り出した
声が掠れる。小さく頷きながら一度口を引
き結ぶと、嘉一は呟くように言った。

 「憶えてるかな。映画を観に行く約束を
してたのに雪で飛行機が飛べなくなって、
僕が東京に行けなくなった時のこと」

 「憶えてる。『ローマの休日』を観たい
ってわたしが言い出して、ホテルも予約し
てくれてたのよね」

 「うん。だけど、僕は予約をキャンセル
した。連休中で、新幹線も満席だったから。
でもやっぱり、どうしても君と映画を観た
くなって苫小牧からフェリーに飛び乗った」

 「嘘っ、だって!」
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