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 「足首の機能が低下してると、無意識の
うちにそこを庇おうとして負担が股関節に
いくことがあるんだ。転んだことが引き金
になって痛みが長引いてるのかも知れない」

 「へぇ、そうなんだ。言われてみれば足、
弱ってるかも。ずっと家に籠りきりだし、
買い物も自転車で行っちゃうし」

 「在宅の仕事をしてるの?」

 「大学を出てからずっと翻訳の仕事をし
てて、家に引きこもり状態」

 「確か、大学は英文科だったね。自分で
選んだ道をしっかり歩いてるんだ」

 「選んだ道だなんて。そんな大層なもの
じゃないけど、得意なことを活かして仕事
出来てるからしんどくても辞めたいと思っ
たことはないかな。かっ……あなたの方が
接骨院の院長先生だなんて、すごい」

 嘉一の施術を受けながら、思ったままを
口にする。高校を卒業してから柔道整復師
の資格を取るために専門学校に進んだこと
は知っていたが、まさか開業しているとは
思わなかった。

 「小さな院だけどここまで軌道に乗せる
のは、ちょっと大変だったかな。患者さん
が定着するまで、ほぼ休まずに働いてたし」

 「あなたにそんなバイタリティーがある
と思わなかった。どちらかというと……」

 そこで言い淀むと嘉一が施術の手を止め、
にっ、と口角を上げる。

 「ひょろひょろの草食系で、口下手で、
近寄りがたかった」

 「そう!」

 口にしていいものかどうか躊躇ったこと
をズバリ言ってのけた嘉一に、凪紗は破願
する。あの頃の彼は、こんな風に言葉の
キャッチボールが出来るほど気さくじゃな
かったのだ。

 顔立ちが整っていて、背も高くて、誠実
で。なのにその不器用な性格が災いしたの
か、それほど女子に人気はなかった。

 「三十年も経てば変わるよ。変わってな
い方がおかしいでしょ」

 「そうね。もう三十年も経つんだものね」

 変わってない方がおかしい。

 その言葉がなぜか寂しくて凪紗はきゅっ
と唇を噛む。あの頃の嘉一は、自分が知っ
ている嘉一はどこにもいないのだろうか?

 そんなことを思っていると、身体に掛け
られていたタオルが、そっと取り去られた。

 「歩く動作で痛みが出る場所をほぐして、
ボトルネックになってそうなところも調整
してみたけど、どうかな?」

 「あ、ありがとう」

 タオルを畳みながら言った嘉一に、凪紗
はのそりと身体を起こす。そして、施術台
から下りると、一歩、二歩、と歩いてみた。

 「あれっ、なんか痛みが」

 「痛みが?」

 「なくなった、気がする」

 驚きに凪紗が目を見開くと、嘉一は満足
そうに頷いた。
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