彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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「あの服を選んだのは、お前がなかなか着てくれなかったからだよ。

普段の自分とイメージが違うとか言ってさ。17歳のお前なら、似合う

って褒めてやれば向こうで着てくれるかもしれないと思ったんだ。実際、

あの服を着て帰ったお前は、冬になる度に俺に着て見せてくれただろう?」

そっか、とつばさは肩を竦める。実は、和室のタンスの一番下の引き

出しに、着古してヨレヨレになったその服があるのだ。不思議なもので、

どちらも同じ斗哉なのに、大人の斗哉に言われた「良く似合ってる」という

言葉は、相当な効果があった。恥ずかしいけれど、嬉しい気持ちの方が

勝ってしまうほどに。

「じゃあ、奥さんが私だって言わなかったのは何で?」

「それは……まあ、未来を教えるべきじゃない、って思ったのもあるけど」

「あるけど???」

何となく、他にも理由があるらしい斗哉につばさがにじり寄る。

斗哉は、ちら、とベビーベッドに眠る娘の顔を見ながら、

困ったように手の平で顎を擦りながら、息をついた。

「……怒るなよ?」

「大丈夫。絶対、怒らない」

(絶対、怒るヤツだ)

斗哉はそう確信しながらも、仕方なく白状した。

「本音を言うとな……少しだけお前の悲しんでる顔を見てみたい、

って気持ちもあったんだ。嵐とキスしたことのお仕置き的な意味も、

あったというか……少しだけな」

斗哉は口にしてしまってから、やっぱり言わなきゃよかった……と

後悔した。つばさの眉が見る見るつり上がっていく。スヤスヤと、

気持ち良さそうに眠っている斗萌が、不憫になる。

「何それっ、斗哉のイジワル!!

赦してくれたような顔して、ずっと、根に持ってたんだ!!」

そばにあった枕を手に取って、ポン、とつばさが投げつける。

斗哉は寸前のところでそれを受け止めると、口元に人差し指をあてて、

しーーっ、とつばさをなだめた。

「おっきい声出すなって。斗萌が起きちゃうだろ?元の世界に戻れば、

すぐにお前の不安は消えるって知ってたから、あえて黙ってたんだって」

声を潜めながら、すぐ隣にあるベビーベッドを覗く。が、遅かった。

ふにゃ、と眠っていた斗萌の顔が歪んで、やがて「ふえっ、ふえっ」と

小さな泣き声に変わる。この泣き声が大音量になるのは、時間の問題だ。

斗哉は、あーあ、と肩を落としながらも、泣き始めた娘を抱き上げた。

愛しすぎる存在が、腕の中で顔を真っ赤にしている。

「よし、よし。ごめんな。ママが煩かったよな」

斗哉はポンポン、とお尻を叩きながら、斗萌の顔を覗き込んだ。

新米パパにしては、子供のあやし方が板についている。つばさも、

すぐに斗哉の隣に立って、斗萌の顔を覗いた。

「ごめんね、斗萌。起きちゃったついでに、おっぱい飲もうか?」

ちら、と部屋の時計を見ながら、つばさは言った。さっき、お風呂上りに

飲ませてから数時間が経っている。母乳は消化が早いのだ。

つばさは、そおっと、斗哉の腕の下に手を忍ばせると、娘を抱き上げた。

そのつばさの肩を、斗哉が優しく抱き寄せる。怒っても、笑っても、何もかもが、

愛しくて、愛しくて、仕方ない。





「来年はさ、あの浴衣着て、斗萌に甚平さん着せて、3人でお祭りに行こう」

そう言った斗哉に、つばさは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。来年の夏も、

その次の夏も。そう思うだけで、頬が緩んでしまうのを止められない。

「斗哉」

「ん?」

「愛してるからね、ずっと」

へへっ、といつもの顔でつばさが言う。一瞬だけ、斗哉の顔が泣きそうになって、

そうして、これ以上ないほどに優しい眼差しに変わった。

「俺も、愛してる。永遠に」

そっと、瞼を伏せたつばさの唇に、斗哉は自らの唇を落とす。




-----愛している。




それ以上の言葉がないのが、どうにも口惜しい。

やがて、腕の中の斗萌が本格的に泣き始めると、2人は唇を離して

笑いあった。小さな口をめいっぱい開けて泣き出した、娘の頬を

斗哉がつつく。

「泣き顔はママに似てるな」

そう言った斗哉に、つばさは、そうかも、と優しい笑みを浮かべた。




                                       ---完---






      ☆☆☆この物語を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
                      
                        心から、感謝いたします☆☆☆
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