彼にはみえない

橘 弥久莉

文字の大きさ
169 / 173
episodeFinal 永遠のワンスモア

169

しおりを挟む
「そろそろですよ」

「あら、もうそんな時間?じゃあ、斗哉さんをお庭までお連れして」

凛とした声でそう答えると、澄子は斗哉を見た。

「あの子が戻ってくるわ。トメが案内するから、斗哉さん、迎えに

いってやってくれるかしら?」

いったい、どこから帰ってくるというのか?

そんな疑問を口にする間もなく、ささ、どうぞこちらへ、と廊下から

トメに急かされてしまう。斗哉は慌てて澄子に頭を下げると、先を行く

トメの背中を追って部屋を出ようとした。その時だった。

ふふ、と笑いながら言った澄子の独り言に、斗哉は鳥肌が立った。

「斗哉さんがポケットに忍ばせているものを見た時の……

あの子の顔が目に浮かぶわね」








------それが、20分ほど前の話だ。




「ここで待っとってください。絶対に、動かんでね」

そう念を押しながら、日本庭園とも呼べる庭の一角にある灯篭の前に

自分を立たせると、トメはさっさとどこかへ行ってしまった。



-----暑い。



じわりと額に浮かぶ汗をぐい、と手の甲で拭う。

陽はだいぶ落ちたとは言え、夏の夕陽はじりじりと肌を焦がしてくれる。

けれど、絶対に動くなと言われた以上、斗哉はその場所を動く気には

なれなかった。この屋敷にまつわる数々の怪現象は、斗哉も

つばさから聞いている。下手に動いてどこか別の異次元に飛ばされ

たりしたら、叶わない。斗哉はすぐそこにある木陰を恨めしそうに眺め

ながら、深いため息をついた。



-----その時だった。



突然、目の前の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、どっ、と腕の中に

が飛び込んできた。

「……うっ、わっ!!!」

不意を突かれた斗哉は、受け止めきれずにそのまま後ろへ倒れ込んで

しまう。いったぁ……、と自分の上に乗っかる形で倒れ込んで来たその

人物は、懐かしい声でそう言うと、次の瞬間には自分の顔を見上げ、

目を丸くした。

「とっ、斗哉っっ!!??どうしてここに???」



つばさだった。



およそ、いまの季節には相応ふさわしくないニットとスカートを着たつばさが、

自分の上で声を上げている。斗哉は、片手でつばさの肩を抱きながら

上半身を起こすと、顔を顰めながら笑った。

「お前こそ、いったいどこから戻ってきたんだよ?その恰好。

浴衣を着てるって言うから、ずっと待ってたのに。澄子さんと」

久しぶりに会えたつばさの顔を、まじまじと見つめる。たった半年、

会っていないだけなのに、何だか少し大人っぽくなったように見えるのは

見慣れないスカートのせいか?色白のつばさに、良く似合っている。

すると突然、あっ、と声をあげて、つばさは目をシパシパした。

「どうしよう。浴衣、置いてきちゃった」

「どこに?」

「斗哉のマンション」

「はっ!?何だよ、それ」

まったく要領を得ないつばさの話に斗哉が首を傾げると、つばさは

何かを言おうと口を開きかけ、そうして、何かを思い出したように表情

を止めると、突然、斗哉の首筋にしがみ付いた。そうして、号泣した。

「斗哉っ……会いたかったよぉ。……わたしっ、ずっと大好きだからね。

離れちゃっても、斗哉がっ……他の人と結婚しちゃっても、ずーっと

斗哉のこと大好きだからっ……だからっ、いまはわたしのこと…うっ、

好きでいてね……」

わけのわからないことを言いながら、泪で顔をくしゃくしゃにしながら、

泣きじゃくるつばさに、斗哉は一瞬あっけに取られてしまったが、やがて、

両の腕でつばさを強く、強く、抱きしめた。ふわ、と懐かしい髪の匂いが

して、頬を緩める。



彼女がどこへ行って、何を見てきたのか?



話を訊かなくとも、何となく想像はできた。

けれど、だからこそ斗哉は確信する。



------自分たちが離れるなんて、ありえない。



この世に、つばさ以上に大切な存在などないのだから。

どうすれば、そのことが彼女に伝わるのだろう?

斗哉は自分の腕の中で震える肩を抱きしめながら、

赤く燃える空を見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...