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episode5 朔風に消える
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「あれから電話あった?門田刑事から」
「ないよ」
「じゃあ、事件の情報はニュースでしかわからないんだね」
「うん」
言葉少なに返事をする嵐に、つばさは前を向いて俯く。嵐に訊きたいことは、
もっと別にある。嵐なら、きっと知っているはずだ。つばさは俯いたままで、
訊きたかったことを訊いた。
「七海さん、どうなったのかな」
「………………」
冷たい北風と共に消えてしまった七海の顔を思い出しながら、つばさは
呟くように言った。嵐は何も言わない。つばさは、ゆっくりと嵐を見上げた。
「嵐は、知ってるの?」
返ってくる答えに怯えながら、問いかける。嵐はじっとつばさを見つめると、
小さく息をついて頷いた。
「成仏はしてないよ。たぶん、あのまま……彼女は悪霊になったと思う」
「悪霊になったって、どういうこと!?」
予想していたよりもショックなことを嵐の口から訊かされて、つばさは思わず
嵐の制服を掴んだ。嵐が立ち止まる。そうして周囲を一度見回すと、すぐ側に
ある公園に入って行った。夕方を過ぎて暗くなった公園に、人影はない。
つばさは何も言わずに、嵐の後に続いた。
「犯人を逮捕したあの時、七海さん、叫んでただろ?殺してくれ、って」
嵐は高い鉄棒に背を預けると、腕を組んで言った。つばさは頷く。
地の底から響くような七海の声が、いまも耳に残っている。
「あの時、七海さんの背後が黒ずんで見えたんだ。人の魂が憎しみに
飲み込まれてしまう時に、ああいう、黒い影みたいなものが見える」
「黒い影って……私にはそんなもの、見えなかったけど」
震える声でそう言って、つばさは首を振る。嵐は動揺するつばさを気づかう
ように、僅かに頬を緩めた。
「気で霊体を捉えるトレーニングをすれば、つばさにも見えるようになるよ。
人の体内にエネルギーが存在するように、霊体にもエネルギーがあるんだ。
そういったものが、黒く見えたり、黄色く見えたりする。目で見るより、感じ
取るっていう感覚に近いかな」
まるで、それが見えることが当たり前のように、嵐が口にする。きっと嵐は、
つばさが見ている世界よりも、もっと多くのものを見ていて、だから、高校生
とは思えないほど大人びているのだろう。凄惨な事件現場を霊視している時で
さえ、嵐は冷静だった。七海が悪霊になったと口にするいまも、冷静だ。
「じゃあ、七海さんはいまどこにいるの?」
つばさは答えを急くように訊いた。嵐の瞳に映り込む自分が、細く歪む。
「前に黒沢が入院した時、杉山恵ちゃんの魂を除霊したの覚えてる?」
「うん。あの病室で亡くなった恵ちゃんでしょ?」
「そう。彼女は寂しさから悪霊に変わったけど、その後、どこで何をした?」
嵐のヒントにつばさは眉を顰める。答えはわかり切っている。
「倉科さんに憑依して、斗哉を……連れて行こうとした」
怯えるように、そう口にしたつばさに嵐は頷いた。では、七海はどこにいるのか?
その答えは、訊かずとも、わかる。
「じゃあ、七海さんは犯人の所に?」
「俺はそう思ってる。加賀見さんが遂げられなかった復讐を、彼女は自分の
手でするんじゃないかな。じわじわと、呪い殺す手法でね」
つばさは、背筋が寒くなるのを感じながら、手で口を覆った。留置場に拘留され
ている古谷は、彼女の姿形が見えずとも、きっと苦しんでいるはずだ。けれど、
そのこと自体は、七海への仕打ちを考えれば自業自得なのかもしれない。
それでも、彼女が悪霊と化してこの世で恨みを晴らすなんて……
七海にとっていいわけがない。
「ないよ」
「じゃあ、事件の情報はニュースでしかわからないんだね」
「うん」
言葉少なに返事をする嵐に、つばさは前を向いて俯く。嵐に訊きたいことは、
もっと別にある。嵐なら、きっと知っているはずだ。つばさは俯いたままで、
訊きたかったことを訊いた。
「七海さん、どうなったのかな」
「………………」
冷たい北風と共に消えてしまった七海の顔を思い出しながら、つばさは
呟くように言った。嵐は何も言わない。つばさは、ゆっくりと嵐を見上げた。
「嵐は、知ってるの?」
返ってくる答えに怯えながら、問いかける。嵐はじっとつばさを見つめると、
小さく息をついて頷いた。
「成仏はしてないよ。たぶん、あのまま……彼女は悪霊になったと思う」
「悪霊になったって、どういうこと!?」
予想していたよりもショックなことを嵐の口から訊かされて、つばさは思わず
嵐の制服を掴んだ。嵐が立ち止まる。そうして周囲を一度見回すと、すぐ側に
ある公園に入って行った。夕方を過ぎて暗くなった公園に、人影はない。
つばさは何も言わずに、嵐の後に続いた。
「犯人を逮捕したあの時、七海さん、叫んでただろ?殺してくれ、って」
嵐は高い鉄棒に背を預けると、腕を組んで言った。つばさは頷く。
地の底から響くような七海の声が、いまも耳に残っている。
「あの時、七海さんの背後が黒ずんで見えたんだ。人の魂が憎しみに
飲み込まれてしまう時に、ああいう、黒い影みたいなものが見える」
「黒い影って……私にはそんなもの、見えなかったけど」
震える声でそう言って、つばさは首を振る。嵐は動揺するつばさを気づかう
ように、僅かに頬を緩めた。
「気で霊体を捉えるトレーニングをすれば、つばさにも見えるようになるよ。
人の体内にエネルギーが存在するように、霊体にもエネルギーがあるんだ。
そういったものが、黒く見えたり、黄色く見えたりする。目で見るより、感じ
取るっていう感覚に近いかな」
まるで、それが見えることが当たり前のように、嵐が口にする。きっと嵐は、
つばさが見ている世界よりも、もっと多くのものを見ていて、だから、高校生
とは思えないほど大人びているのだろう。凄惨な事件現場を霊視している時で
さえ、嵐は冷静だった。七海が悪霊になったと口にするいまも、冷静だ。
「じゃあ、七海さんはいまどこにいるの?」
つばさは答えを急くように訊いた。嵐の瞳に映り込む自分が、細く歪む。
「前に黒沢が入院した時、杉山恵ちゃんの魂を除霊したの覚えてる?」
「うん。あの病室で亡くなった恵ちゃんでしょ?」
「そう。彼女は寂しさから悪霊に変わったけど、その後、どこで何をした?」
嵐のヒントにつばさは眉を顰める。答えはわかり切っている。
「倉科さんに憑依して、斗哉を……連れて行こうとした」
怯えるように、そう口にしたつばさに嵐は頷いた。では、七海はどこにいるのか?
その答えは、訊かずとも、わかる。
「じゃあ、七海さんは犯人の所に?」
「俺はそう思ってる。加賀見さんが遂げられなかった復讐を、彼女は自分の
手でするんじゃないかな。じわじわと、呪い殺す手法でね」
つばさは、背筋が寒くなるのを感じながら、手で口を覆った。留置場に拘留され
ている古谷は、彼女の姿形が見えずとも、きっと苦しんでいるはずだ。けれど、
そのこと自体は、七海への仕打ちを考えれば自業自得なのかもしれない。
それでも、彼女が悪霊と化してこの世で恨みを晴らすなんて……
七海にとっていいわけがない。
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