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episode5 朔風に消える
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「我々がついていながら、あなた方をこんな事態に巻き込んでしまって……
本当に申し訳ありませんでした。彼の異変に気付いてすぐに電話をくれたのに、
まさかあの場所で犯人と鉢合わせるとは思わず。我々もすぐに向かうべきでした」
がりがりと頭を掻きながら、門田刑事が項垂れる。つまり、加賀見とつばさが
院内に入っている隙に、2人は門田刑事に連絡をとっていたわけで……
病院のドアの隙間から見えたあれは、そういうことだったのだ。そもそも、
つばさを加賀見に付き添わせたのも、理由があったのだとか。
「お前はすぐ顔に出るし、うっかり口を滑らせたら困ると思ってさ」
知れっと、そう言った斗哉に、嵐が笑って頷く。当のつばさは、ムッとして
みたものの、否定することは出来なかった。加賀見に付き添った自分が、
どれだけ加賀見をヒヤヒヤさせたか、忘れたわけじゃない。2人の真ん中で、
口を尖らせているつばさに、門田刑事が目を細めた。
「常日頃から人を嘘つきと思いながら仕事をしている我々は、あなたの
ようにわかりやすい人と一緒にいるだけでホッとしますよ。人はどうしても、
年を重ねるごとに嘘が上手くなっていきますからね。顔に出やすいのも、
嘘が付けないのも、捉え方を変えれば美徳です」
目尻のシワを深めて門田刑事がつばさの顔を覗く。つばさは何だか恥ず
かしくなって、肩を竦めた。そうして、また思い出してしまう。
七海の真っ赤な瞳を。彼女はいま、どこにいるのだろうか?
ずっと気になっているのに、嫌な予感がして嵐に訊くことができない。
加賀見を救うためとは言え自分のついた嘘が、七海を傷つけた。
つばさは簡単に、自分を赦せそうになかった。
翌週。
学校が始まると、校内の雰囲気はいつもと少し違っていた。
つばさの気分は、見上げた空と同じようにどんより暗いものなのに、
クラスの女子も男子もなぜだか浮足立っている。
耳に聴こえてくる声が、いつもよりワンオクターブ高い気がするのだ。
何でだろう?ぼんやりとクラスの様子を眺めていたつばさは、
不意に、むぎゅ、と鼻を掴まれて目をぱちくりさせた。
「こぉら。付き合いたての幸せな時期に、なんて顔してんの。
もうすぐバレンタインでしょ?もっと幸せそうな顔しなさい」
真理だ。見れば、帰り支度を終えた真理が目の前に立っている。
つばさは、掴まれた鼻を擦りながら、ああ、そっかと頷いた。
「バレンタインかぁ。すっかり忘れてた、って……いつ!?」
全く念頭になかったことを言われて、慌てる。バレンタインと言えば、
斗哉がもらってくる山のようなチョコレートを美味しくいただくだけで、
つばさから斗哉に渡したことがない。というか、つばさは男子から
チョコレートをもらったことがあるくらいで……今まで誰にもあげた
ことはなかった。
「今週の金曜よ。大丈夫。まだ、時間はあるから」
真理がすました顔で頷く。それを聞いて、つばさはホッと胸を撫で
下ろした。捜査協力でデートをキャンセルした上に、バレンタインを
忘れたりなんかしたら……斗哉にどんなお仕置きをされるかわからない。
「ほら。支度終わったんでしょう?帰ろうよ」
一瞬、斗哉にお仕置きされる自分を想像してしまったつばさは、顔を赤く
しながら、返事を待たずにくるりと背中を向けた真理を呼び止めた。
本当に申し訳ありませんでした。彼の異変に気付いてすぐに電話をくれたのに、
まさかあの場所で犯人と鉢合わせるとは思わず。我々もすぐに向かうべきでした」
がりがりと頭を掻きながら、門田刑事が項垂れる。つまり、加賀見とつばさが
院内に入っている隙に、2人は門田刑事に連絡をとっていたわけで……
病院のドアの隙間から見えたあれは、そういうことだったのだ。そもそも、
つばさを加賀見に付き添わせたのも、理由があったのだとか。
「お前はすぐ顔に出るし、うっかり口を滑らせたら困ると思ってさ」
知れっと、そう言った斗哉に、嵐が笑って頷く。当のつばさは、ムッとして
みたものの、否定することは出来なかった。加賀見に付き添った自分が、
どれだけ加賀見をヒヤヒヤさせたか、忘れたわけじゃない。2人の真ん中で、
口を尖らせているつばさに、門田刑事が目を細めた。
「常日頃から人を嘘つきと思いながら仕事をしている我々は、あなたの
ようにわかりやすい人と一緒にいるだけでホッとしますよ。人はどうしても、
年を重ねるごとに嘘が上手くなっていきますからね。顔に出やすいのも、
嘘が付けないのも、捉え方を変えれば美徳です」
目尻のシワを深めて門田刑事がつばさの顔を覗く。つばさは何だか恥ず
かしくなって、肩を竦めた。そうして、また思い出してしまう。
七海の真っ赤な瞳を。彼女はいま、どこにいるのだろうか?
ずっと気になっているのに、嫌な予感がして嵐に訊くことができない。
加賀見を救うためとは言え自分のついた嘘が、七海を傷つけた。
つばさは簡単に、自分を赦せそうになかった。
翌週。
学校が始まると、校内の雰囲気はいつもと少し違っていた。
つばさの気分は、見上げた空と同じようにどんより暗いものなのに、
クラスの女子も男子もなぜだか浮足立っている。
耳に聴こえてくる声が、いつもよりワンオクターブ高い気がするのだ。
何でだろう?ぼんやりとクラスの様子を眺めていたつばさは、
不意に、むぎゅ、と鼻を掴まれて目をぱちくりさせた。
「こぉら。付き合いたての幸せな時期に、なんて顔してんの。
もうすぐバレンタインでしょ?もっと幸せそうな顔しなさい」
真理だ。見れば、帰り支度を終えた真理が目の前に立っている。
つばさは、掴まれた鼻を擦りながら、ああ、そっかと頷いた。
「バレンタインかぁ。すっかり忘れてた、って……いつ!?」
全く念頭になかったことを言われて、慌てる。バレンタインと言えば、
斗哉がもらってくる山のようなチョコレートを美味しくいただくだけで、
つばさから斗哉に渡したことがない。というか、つばさは男子から
チョコレートをもらったことがあるくらいで……今まで誰にもあげた
ことはなかった。
「今週の金曜よ。大丈夫。まだ、時間はあるから」
真理がすました顔で頷く。それを聞いて、つばさはホッと胸を撫で
下ろした。捜査協力でデートをキャンセルした上に、バレンタインを
忘れたりなんかしたら……斗哉にどんなお仕置きをされるかわからない。
「ほら。支度終わったんでしょう?帰ろうよ」
一瞬、斗哉にお仕置きされる自分を想像してしまったつばさは、顔を赤く
しながら、返事を待たずにくるりと背中を向けた真理を呼び止めた。
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