彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode5 朔風に消える

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足を踏み入れた場所は、外界から閉ざされた空間で、昼間なのにずいぶんと

薄暗かった。雑木林自体は、そんなに広い感じではない。けれど、人ひとりの

命を隠してしまうには、あまりに十分すぎる空間で、犯人がこの場所を選んだ

のも頷けた。つばさは、柔らかな落ち葉を踏みしめながら、嵐の後を進んだ。

ふと、冬枯れした木の根元に花が供えてあるのが見えた。木に立てかけら

れるようにして供えられた花は、瑞々しい。ざわ、と鳥肌が立った。


ここだ。ここで、七海さんは………


つばさは、思わず嵐の腕を掴んだ。その時だった。突然、ふっと視界が暗く

なって、つばさは目を見開いた。ガサガサと周囲を荒らすような音がする。

その音が、衣擦れの音だと気付いて目を凝らせば……か細い声をあげながら、

犯人に組み敷かれている、七海の姿が目に映った。


「!!!!」


つばさは、驚愕に声を失ったまま、その場に立ち尽くした。

ガタガタと、足が震える。

鈍器で頭を殴られ、意識がもうろうとしている七海を、男が羽交い絞めにしている。

無残にひきちぎられた服の間から、白い肌が覗いている。その肌を乱暴に掴み、

かくかくと腰を振っている男の姿。七海は微かな呻き声をあげ、手は宙を彷徨って

いるだけで、抵抗など何もできない。つばさは、怒りで顔が熱くなるのを感じ

ながら、手で口を押えた。これは紛れもなく、犯罪だ。つばさが、斗哉にされる行為

とは、ほど遠い。力と狂気で、女性の心も躰も踏みにじる、強姦という性犯罪。

こんな、酷いことをされただけでなく、七海はこの男に命までも奪われたのだ。

許せない。つばさが唇を強く噛んだ、その時だった。嵐が声を発した。

「右手首に、リストカットの痕がある」

はっとして隣を見上げれば、つばさと同じ光景を目の当たりにしている嵐が、

それでも懸命に、凄惨せいさんな現場を霊視している。

つばさは目を凝らした。不思議と、その部分がクローズアップされて見える。

「ほんとだ。手首に何本も……線が入ってる」

そう言ったつばさの顔を、嵐が驚いた顔をして見た。つばさにもこの光景が

見えていると知って、複雑な顔をする。不意に「やぁ…っ」と七海の声が聴こえて、

嵐が視線を戻した。ピタリと腰の動きを止めた犯人が、肩を震わせている。

絶頂したのだと、わかった瞬間、つばさは堪らずに両手で顔を覆った。

斗哉がつばさの肩を引き寄せて、抱きしめる。ふっ、と見えていた光景が消えて、

つばさは泣きながら斗哉の胸に顔を埋めた。それでも、嵐は霊視をやめなかった。

ぐったりとしている七海に、犯人が手を伸ばす。首を絞めるつもりなのだと、

わかっていても、助けることは叶わない。やがて、宙を彷徨っていた七海の手が、

ぱたりと地に落ちた。犯人が立ち上がる。立ち上がって………マスクを外した。

「口元に、黒子ほくろがある」

犯人の顔を見た嵐が、低い声で呟いた。嵐だけが、犯人の顔をしっかり見届けた。

これで、もっと実物に近い似顔絵ができるだろう。そう思った瞬間、犯人の擦れた

声がして、つばさは斗哉の胸から顔を上げた。

「……好きだ……」

もう、姿は見えない犯人の、その声を聴いた瞬間、つばさは全身の肌が粟立った。






「何か見えましたか?」

嵐が車のドアを開けた瞬間、黒住刑事が待ちきれないといった様子で、訊ねた。

嵐が頷く。車内に乗り込んでシートに腰掛けると、嵐は落ち着いた様子で話し

始めた。民家の角で待ち伏せしていた犯人が、七海さんを背後から灰皿のような

もので殴って、雑木林に連れ込んだこと。犯人の身長は170前後で、年齢は

10代から20代前半であること。犯人の右手首に、リストカットらしい

痕があること。七海の首を絞めて殺害した後、マスクを外した口元に黒子が

あったこと。
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