彼にはみえない

橘 弥久莉

文字の大きさ
上 下
112 / 173
episode4 帰れない道

112

しおりを挟む
「このまま、誰も傷つかずにいられるのが……一番いいんだけどな」

呟くように、そう言った斗哉の背中を、嵐は見上げる。どんな表情をして

いるのか、顔を見なくても声色でそれがわかる。嵐はぎり、と唇を噛んだ。



誰も傷つかずに済むなら……



そんななまぬるい気持ちではいられないほど、つばさが好きなのだと、

自覚する。もしもあの時、つばさの肌に触れていなかったら。

唇の甘さを、知ることがなかったら。あるいは、気持ちを抑えることが

できたのかも、しれない。けれどもう、何もかも遅かった。

距離を置こうとしたのに、つばさは容赦なく自分を求めた。それが、恋人以外の

感情だとわかっていても、心は喜ぶことを止められなかった。

だからもう、誰も傷つかない結末なんて、何処にもないのだ。

嵐は空を見上げた。さっきまで屋上を照らしていた太陽が、厚い雲に覆われている。

ひや、と冷たい風が前髪を流してゆく。もうすぐ、予鈴が鳴る頃だ。

斗哉が振り返った。最後まで、何も言わなかった嵐に向けられる眼差しは、

苦しくなるほど、優しかった。

「俺はたぶん……お前を嫌いにはなれないよ。この先……何があっても」

嵐が目を見開く。その表情を見て、斗哉は満足気に笑みを深めた。

「じゃあ、またな」

伝えたいことはすべて伝えた、と言うように、ひら、と手を振って斗哉が踵を返す。

昼休みの終わりを告げる予鈴が、屋上に響きわたる。嵐は斗哉の姿がドアの

向こうに消えても、しばらく、その場を動くことが出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

糖度高めな秘密の密会はいかが?

桜井 響華
恋愛
彩羽(いろは)コーポレーションで 雑貨デザイナー兼その他のデザインを 担当している、秋葉 紫です。 毎日のように 鬼畜な企画部長からガミガミ言われて、 日々、癒しを求めています。 ストレス解消法の一つは、 同じ系列のカフェに行く事。 そこには、 癒しの王子様が居るから───・・・・・ カフェのアルバイト店員? でも、本当は御曹司!? 年下王子様系か...Sな俺様上司か… 入社5年目、私にも恋のチャンスが 巡って来たけれど… 早くも波乱の予感───

どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。

kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。 前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。 やばい!やばい!やばい! 確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。 だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。 前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね! うんうん! 要らない!要らない! さっさと婚約解消して2人を応援するよ! だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。 ※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。

鉄路を辿って ~試運転編①~ (突然気になってしまったあの人と、鉄道の直通運転によって結ばれてしまった可能性)

まずる製作所
ライト文芸
 ある鉄道路線の直通運転プロジェクトの準備が着々と進められる頃、神奈川県の閑静な住宅街に住む西谷百合絵はこの春に高校生となった。インドア派で内向的な百合絵は初めての高校生活にワクワクよりも鬱陶しさやボッチにならないかという心配を抱えていたが、幼馴染の寒川琴乃がクラスメイトだと知り胸をなで下ろす。  しかし、琴乃以外の親友が皆無だった百合絵は女子力を上げろという彼女のアドバイスを受けて家庭科部に入部。無事に女子力を向上させた百合絵は真妃や綾子という気の合う新たな友達を得る。  これで残りの高校生活も安泰だと胸をなでおろし日常を過ごしていた。しかし、何だか様子がおかしい。なぜだか、異様に胸がドキドキしてくるのだった。  謎の発作が彼女をたびたび襲うようになってくる。そしてなぜだか、同じクラスの男子、舟渡啓介の存在が気になって仕方がなくなってしまう。   「これってもしかして、恋⁉ なんで⁉ なんで私があんな奴のことを⁉」  私の観察記録を楽しむ琴乃に気づかれてしまったらおしまいだ。そう考え危機的状況に瀕した百合絵は、彼女に自分の想いを察せられないように隠し通そうとするもむなしく、恋心はすぐに見透かされてしまう。が、その先にはさらなる難航が待ち受けていることが判明する。それは、舟渡に溺愛している彼女、的場萌花の存在だった。  彼女はおしゃれでかわいいし、おまけに胸も大きい。それはとても百合絵には勝てっこない相手であった。あきらめよう。舟渡と的場の仲睦まじい姿を見てそう考えていた百合絵はとっさに舟渡からの視線に気づく。 「えっ、あんたには的場がいるじゃん。でもこれって、もしかして……」  とある私鉄沿線に住む女子高生の日常を描いたお話。彼女の恋の結末は? そして、恋心を抱いてしまった理由とは? *こんな方におすすめいたします。  首都圏の鉄道に興味のある方  現実世界の出来事をもとにした二次創作寄りの作品がお好きな方

さよならの代わりに

book bear
ライト文芸
震災の時、折れた電柱に頭を強打した総司は記憶喪失になってしまった。 そして、記憶のないまま妻の葉月と夫婦生活を再開させる。 しかし、妻である葉月は何かを隠しているようだった。 記憶をなくす前に何があったのか? それを知るために、記憶を早く取り戻したいと思う総司。 しかし、妻は記憶を取り戻さないで今の関係を望んでいた。 二人の真相の先に訪れる展開とは・・・・? ------------------------------------------------------ book bearと申します。 小説執筆の駆け出しです。 拙い文章で、作品に引き込ませる力、細かい描写力等が皆無ですが、今作は今までの作品とは違って、悩みに悩んでやっと生まれた作品です。 荒い部分や詰めの甘い所はたくさんありますが、どうか最後まで暖かく読んでいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。

冷酷社長に甘く優しい糖分を。

氷萌
恋愛
センター街に位置する高層オフィスビル。 【リーベンビルズ】 そこは 一般庶民にはわからない 高級クラスの人々が生活する、まさに異世界。 リーベンビルズ経営:冷酷社長 【柴永 サクマ】‐Sakuma Shibanaga- 「やるなら文句・質問は受け付けない。  イヤなら今すぐ辞めろ」 × 社長アシスタント兼雑用 【木瀬 イトカ】-Itoka Kise- 「やります!黙ってやりますよ!  やりゃぁいいんでしょッ」 様々な出来事が起こる毎日に 飛び込んだ彼女に待ち受けるものは 夢か現実か…地獄なのか。

朗読・声劇(セリフ・シチュボ等)フリー台本置き場ごちゃ混ぜ

冬野てん
ライト文芸
フリー台本。声劇・シチュボ・サンプルボイス用です。利用時申請は不要。ボイスドラマ・朗読、シチュボ。会話劇、演劇台本などなど。配信その他で無料でご利用ください。 自作発言・あまりにも過度な改変はおやめ下さい。

ジャック・ザ・リッパーと呼ばれたボクサーは美少女JKにTS転生して死の天使と呼ばれる

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
あらすじ  ボクシングの世界戦を目前にして不慮の事故で亡くなったリュウは、運命の女神に出会ってまさかの美少女JKへと転生する。  志崎由奈という新しい名前を得た転生JKライフでは無駄にモテまくるも、毎日男子に告白されるのが嫌になって結局ボクシングの世界へと足を踏み入れることになる。  突如現れた超絶美少女のアマチュアボクサーに世間が沸き、承認願望に飢えたネット有名人等が由奈のもとまでやって来る。  数々のいざこざを乗り越えながら、由奈はインターハイへの出場を決める。  だが、そこにはさらなる運命の出会いが待ち構えていた……。 ◆登場人物 志崎由奈(しざき ゆな)  世界戦を迎える前に死亡した悲運のボクサーの生まれ変わり。ピンク色のサイドテールの髪が特徴。前世ではリュウという名前だった。 青井比奈(あおい ひな)  由奈の同級生。身長150センチのツインテール。童顔巨乳。 佐竹先生  ボクシング部の監督を務める教師。 天城楓花(あまぎ ふうか)  異常なパンチ力を持った美少女JKボクサー。 菜々  リュウの恋人。

葛城依代の夏休み日記~我が家に野良猫がきました~

白水緑
ライト文芸
一人ぼっちの夏休みを過ごす依代は、道端で自称捨て猫を拾った。 二人は楽しい共同生活を送るが、それはあっという間に終わりを告げる。 ――ひと夏の、儚い思い出。

処理中です...