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episode4 帰れない道
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「体調、悪いみたいだな。黒沢」
斗哉にちら、と目をやって嵐が声を潜める。斗哉の顔色を見れば、
わかるのだろう。目の下に隈ができている。
「うん。ホントは家で待っててって、言ったんだけどね。
2人じゃ心配だからって……斗哉が」
言ってしまってから、はっとする。これでは、心配の原因は嵐に
あるのだと、言っているようなものではないか?
来て欲しいと頼んだのはつばさなのに……
慌てて口を噤んだつばさに、へぇ、と嵐が苦笑いをした。
「なるほどね。まあ、同じ男だから黒沢の気持ちはよくわかるよ。
俺がつばさの彼氏でも、2人で行かせたくないと思うし」
特に気を悪くした様子もなく、嵐がつばさの顔を覗く。
俺がつばさの彼氏でも、なんて……
そんな風に言われてしまうと、深い意味などなくても、何だか恥ずかしい。
つばさは、どきまぎしながら、あはは、と小さく笑った。
「ううん。別に心配することなんか何にもないのに……斗哉って
心配性なところがあるからさ。でも、嵐の霊能力はすごい、って
認めてるよ。いい奴だとも言ってたし。きっと頼りにしてると思う」
そう言って嵐を向いたつばさは、表情を止めた。
まるで傷付いたような嵐の眼差しが、じっとつばさを捉えている。
何か気に障ることでも言ってしまっただろうか?
自分は、うっかり要らないことを言ってしまうことがあるし……
不安になってつばさが口を開きかけた時、嵐は、そう言えば、と、
思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
「この間渡した護符、割れちゃったって言ってただろ?これ、新しいやつ」
取り出した護符をつばさに差し出す。考えてみれば、嵐から護符を貰うのは
これで3度目だ。この護符が何度つばさのピンチを救ってくれたことだろう。
これがあるだけで、離れていても嵐に守られているような気さえしてしまう。
「ありがとう。いつもいつも、この護符が守ってくれるから、こうして平気な顔で
笑っていられるんだよね。嵐には本当に感謝してる。何かお礼しなきゃ」
差し出されたそれを受け取りながら、思ったままを口にする。けれど、
嵐はその護符を掴んだまま離さない。じっとつばさを見つめている。
「……嵐???」
くれると言ったのに護符を離さない嵐に、つばさは怪訝な顔をする。
互いに護符の端と端を持った状態で、嵐の指がつばさの人差し指に
触れる。そうして、撫でるように重ねた。目を見開いたつばさに、
嵐が口を開く。初めて聴くような、低く、擦れた声だった。
「俺がして欲しいって言ったら、つばさは何でもお礼してくれるの?」
「何でも、って……?」
嵐が何を言おうとしているのかわからず、つばさが首を傾げた時だった。
上り方面から来た電車が、ガタッ、と大きな音を立てて窓を揺らした。
その衝撃で、つばさの肩に頭を預けていた、斗哉が目を覚ます。
ぱっと嵐が護符から手を離して横を向いてしまったので、つばさは、
護符をポケットにしまった。
「ごめん……重かっただろ?」
「あ、ううん。大丈夫」
斗哉が目頭を押さえてつばさに訊く。目を覚ます直前の会話は、
聴こえていなかったらしい。つばさは、ほっとしながら嵐を見た。
嵐は何ごともなかったかのように、腕を組んで目を瞑っている。
が、眠っているわけではないのは、確かだ。
「嵐も寝てるのか。この陽気じゃ、眠くもなるよな」
つばさの隣で眠っているように見える嵐を覗いて、斗哉が笑う。
つばさは、複雑な気持ちで、そうだね、と頷いた。
「私もちょっと寝ようかな。朝、早かったし」
そう言うと、斗哉の手が横から伸びてきて、つばさの頭を自分の
肩に持たれ掛けさせた。さっきの逆だ。
「駅に着いたら、俺が起こしてやるから」
「うん」
頭の上から聴こえてくるその声に目を閉じると、つばさは数秒で
眠りに落ちた。
斗哉にちら、と目をやって嵐が声を潜める。斗哉の顔色を見れば、
わかるのだろう。目の下に隈ができている。
「うん。ホントは家で待っててって、言ったんだけどね。
2人じゃ心配だからって……斗哉が」
言ってしまってから、はっとする。これでは、心配の原因は嵐に
あるのだと、言っているようなものではないか?
来て欲しいと頼んだのはつばさなのに……
慌てて口を噤んだつばさに、へぇ、と嵐が苦笑いをした。
「なるほどね。まあ、同じ男だから黒沢の気持ちはよくわかるよ。
俺がつばさの彼氏でも、2人で行かせたくないと思うし」
特に気を悪くした様子もなく、嵐がつばさの顔を覗く。
俺がつばさの彼氏でも、なんて……
そんな風に言われてしまうと、深い意味などなくても、何だか恥ずかしい。
つばさは、どきまぎしながら、あはは、と小さく笑った。
「ううん。別に心配することなんか何にもないのに……斗哉って
心配性なところがあるからさ。でも、嵐の霊能力はすごい、って
認めてるよ。いい奴だとも言ってたし。きっと頼りにしてると思う」
そう言って嵐を向いたつばさは、表情を止めた。
まるで傷付いたような嵐の眼差しが、じっとつばさを捉えている。
何か気に障ることでも言ってしまっただろうか?
自分は、うっかり要らないことを言ってしまうことがあるし……
不安になってつばさが口を開きかけた時、嵐は、そう言えば、と、
思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
「この間渡した護符、割れちゃったって言ってただろ?これ、新しいやつ」
取り出した護符をつばさに差し出す。考えてみれば、嵐から護符を貰うのは
これで3度目だ。この護符が何度つばさのピンチを救ってくれたことだろう。
これがあるだけで、離れていても嵐に守られているような気さえしてしまう。
「ありがとう。いつもいつも、この護符が守ってくれるから、こうして平気な顔で
笑っていられるんだよね。嵐には本当に感謝してる。何かお礼しなきゃ」
差し出されたそれを受け取りながら、思ったままを口にする。けれど、
嵐はその護符を掴んだまま離さない。じっとつばさを見つめている。
「……嵐???」
くれると言ったのに護符を離さない嵐に、つばさは怪訝な顔をする。
互いに護符の端と端を持った状態で、嵐の指がつばさの人差し指に
触れる。そうして、撫でるように重ねた。目を見開いたつばさに、
嵐が口を開く。初めて聴くような、低く、擦れた声だった。
「俺がして欲しいって言ったら、つばさは何でもお礼してくれるの?」
「何でも、って……?」
嵐が何を言おうとしているのかわからず、つばさが首を傾げた時だった。
上り方面から来た電車が、ガタッ、と大きな音を立てて窓を揺らした。
その衝撃で、つばさの肩に頭を預けていた、斗哉が目を覚ます。
ぱっと嵐が護符から手を離して横を向いてしまったので、つばさは、
護符をポケットにしまった。
「ごめん……重かっただろ?」
「あ、ううん。大丈夫」
斗哉が目頭を押さえてつばさに訊く。目を覚ます直前の会話は、
聴こえていなかったらしい。つばさは、ほっとしながら嵐を見た。
嵐は何ごともなかったかのように、腕を組んで目を瞑っている。
が、眠っているわけではないのは、確かだ。
「嵐も寝てるのか。この陽気じゃ、眠くもなるよな」
つばさの隣で眠っているように見える嵐を覗いて、斗哉が笑う。
つばさは、複雑な気持ちで、そうだね、と頷いた。
「私もちょっと寝ようかな。朝、早かったし」
そう言うと、斗哉の手が横から伸びてきて、つばさの頭を自分の
肩に持たれ掛けさせた。さっきの逆だ。
「駅に着いたら、俺が起こしてやるから」
「うん」
頭の上から聴こえてくるその声に目を閉じると、つばさは数秒で
眠りに落ちた。
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