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episode4 帰れない道
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そうして、自分の右足首に目をやる。未だ、くっきりと残る手の痕は、
春樹君のことを思い出すまでは恐くて仕方なかったのに、今はそれほど
恐ろしく感じない。それは、春樹君と過ごした一日を、思い出したからに
違いなかった。つばさには、彼が自分を呪ったり、傷つけたりするようには
思えないのだ。これは、春樹君からのメッセージに過ぎない。
たった数年で人生を終えなければならなかった、春樹君からの……
「辛かっただろうね。死にたくなんか、なかったのに。無理心中なんて」
夏の日差しと汗にまみれながら、夢中になって遊んだあの日を思い出して、
つばさは息を吐いた。どんな事情があったにせよ、生きるという選択肢を
与えられなかった春樹君の無念を思うと、やりきれない。
唇を噛んで俯いてしまったつばさに、斗哉が手を伸ばす。
肩を抱いて自分の膝に座らせると、つばさの肩に顎をのせた。
「だから見つけてやろう、明日。春樹君に手を差し伸べるのは、
つばさ一人じゃない。俺も、嵐もいるんだ。きっと、何とかなるよ」
「うん」
つばさは自分を見上げる斗哉に微笑んだ。
一人じゃない。その言葉ほど、心強いものはない。
天に還ることができず、この世を彷徨っている人の想いは、
重すぎるのだ。ひとりで受け止めるには。斗哉が側にいて支えて
くれることで、どれほど救われているか知れない。
「ありがとう、斗哉」
いつもの笑顔でそう言ったつばさに、斗哉がいたずらっ子のような
顔を向ける。つばさは、何か嫌な予感がして、なに?と斗哉に訊いた。
「どうせなら。言葉よりも、こっちの方が嬉しいんだけど」
ちょん、とつばさの唇を指で突いて、斗哉が舌なめずりする。
要するに、キスをしろと言ってるのだ、斗哉は。つばさから。
「だってそれは……昨日もしたじゃん。たくさん」
つばさは、斗哉の濃厚なキスを思い出して頬を赤く染めた。
「今日はしてないだろ?それに、あれは俺からだし」
羞恥から顔を背けようとしたつばさの顎に手をかけて、
斗哉が自分を向かせる。息がかかるほどに近づいた斗哉の唇は、
あと数センチのところで塞がれるのを待っている。
「じゃ、じゃあ……目ぇつぶって」
斗哉の瞳の中に映る自分に鼓動を早くしながら、つばさは
仕方なく言った。言われるままに、斗哉が目を閉じる。
艶やかな長い睫毛を微かに震わせ、薄く唇を開けてキスを
待つ斗哉の顔は、どこかの国のお姫様のようだ。
その頬に手を添えて、ふわ、と唇を重ねる。柔らかな感触が
じんわりと熱を伝えあって……つばさは唇を離そうと、した。
が、離すことは許されなかった。
つばさの頭をがし、と斗哉が押さえつける。より深く重なった
唇を割って、斗哉の熱すぎる舌がつばさの舌にしっかり絡んだ。
「んっ!……むぐっ」
つばさは、なす術もないまま、斗哉のキスに翻弄された。
力が抜けて崩れそうになる躰を、斗哉の肩にしがみついて
支える。息が苦しくて、身体中が心臓になってしまったかの
ように、どくどくと脈打っているのに、火照ったつばさの躰よりも
斗哉の唇の方が、熱かった。とても……
春樹君のことを思い出すまでは恐くて仕方なかったのに、今はそれほど
恐ろしく感じない。それは、春樹君と過ごした一日を、思い出したからに
違いなかった。つばさには、彼が自分を呪ったり、傷つけたりするようには
思えないのだ。これは、春樹君からのメッセージに過ぎない。
たった数年で人生を終えなければならなかった、春樹君からの……
「辛かっただろうね。死にたくなんか、なかったのに。無理心中なんて」
夏の日差しと汗にまみれながら、夢中になって遊んだあの日を思い出して、
つばさは息を吐いた。どんな事情があったにせよ、生きるという選択肢を
与えられなかった春樹君の無念を思うと、やりきれない。
唇を噛んで俯いてしまったつばさに、斗哉が手を伸ばす。
肩を抱いて自分の膝に座らせると、つばさの肩に顎をのせた。
「だから見つけてやろう、明日。春樹君に手を差し伸べるのは、
つばさ一人じゃない。俺も、嵐もいるんだ。きっと、何とかなるよ」
「うん」
つばさは自分を見上げる斗哉に微笑んだ。
一人じゃない。その言葉ほど、心強いものはない。
天に還ることができず、この世を彷徨っている人の想いは、
重すぎるのだ。ひとりで受け止めるには。斗哉が側にいて支えて
くれることで、どれほど救われているか知れない。
「ありがとう、斗哉」
いつもの笑顔でそう言ったつばさに、斗哉がいたずらっ子のような
顔を向ける。つばさは、何か嫌な予感がして、なに?と斗哉に訊いた。
「どうせなら。言葉よりも、こっちの方が嬉しいんだけど」
ちょん、とつばさの唇を指で突いて、斗哉が舌なめずりする。
要するに、キスをしろと言ってるのだ、斗哉は。つばさから。
「だってそれは……昨日もしたじゃん。たくさん」
つばさは、斗哉の濃厚なキスを思い出して頬を赤く染めた。
「今日はしてないだろ?それに、あれは俺からだし」
羞恥から顔を背けようとしたつばさの顎に手をかけて、
斗哉が自分を向かせる。息がかかるほどに近づいた斗哉の唇は、
あと数センチのところで塞がれるのを待っている。
「じゃ、じゃあ……目ぇつぶって」
斗哉の瞳の中に映る自分に鼓動を早くしながら、つばさは
仕方なく言った。言われるままに、斗哉が目を閉じる。
艶やかな長い睫毛を微かに震わせ、薄く唇を開けてキスを
待つ斗哉の顔は、どこかの国のお姫様のようだ。
その頬に手を添えて、ふわ、と唇を重ねる。柔らかな感触が
じんわりと熱を伝えあって……つばさは唇を離そうと、した。
が、離すことは許されなかった。
つばさの頭をがし、と斗哉が押さえつける。より深く重なった
唇を割って、斗哉の熱すぎる舌がつばさの舌にしっかり絡んだ。
「んっ!……むぐっ」
つばさは、なす術もないまま、斗哉のキスに翻弄された。
力が抜けて崩れそうになる躰を、斗哉の肩にしがみついて
支える。息が苦しくて、身体中が心臓になってしまったかの
ように、どくどくと脈打っているのに、火照ったつばさの躰よりも
斗哉の唇の方が、熱かった。とても……
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