彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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つばさは、バスローブで顔を半分覆いながら、

斗哉の後ろの壁を指差した。

「いま…そこの壁……消えちゃった……」

「……………」

何の変哲もない、ただの壁をじっと見て斗哉がため息をつく。

そして、未だ怯えた顔をしているつばさの隣に、ごろん、と

寝ころぶと、背中を向けてしまった。



「ごめん……斗哉。怒ってる?痛かった、よね……」

斗哉の顔を覗き込んで、つん、と肩を突いても斗哉は反応しない。

つばさは半べそになって、もう一度斗哉の背中を突いた。

「ごめんってば。斗哉……もう一回、しよ?」

「無理。もう、堕ちちゃった」

やっと返ってきた返事は不機嫌そのもので……の際に

役割を果たせなかったゴムが、すぽっ、と抜き取られ、枕元に

置かれる。つばさは、生々しい形をしたそれに、ぎょっとしながら、

肩を竦めてごめん、と呟いた。斗哉が細く長い息を吐く。

そうして、仰向けになると、目を開けてつばさに言った。

「おいで」

その声は、いつもと変わらぬ斗哉のもので、つばさは頷いて

斗哉の腕の中に躰を横たえた。ぴたりと肌を寄せ合っているのに、

先ほどまでの急くような胸の苦しさや、恥じらいはなく、代わりに

穏やかな温もりがつばさを安心させてくれる。

「怒ってないよ。ただ、大事な瞬間を邪魔されて、

その爺さんに腹立ててるだけ」

斗哉は天井を眺めながら、つばさの腕を優しく擦った。

「うん」

つばさは、斗哉の胸に顔を埋める。

つばさだって、斗哉とひとつになり損ねて、悔しい。

それでも、あの瞬間、目を瞑ってやり過ごせなかったのだから、

仕方ない。たとえ幽霊でも、見られているとわかっていながら、

斗哉と繋がるなんて……できっこなかった。



「今日は、このまま寝よう。……おやすみ」

斗哉は淡く笑んでつばさの額に唇をあてると、やがて、すぅ、

と穏やかな寝息をたて始めた。斗哉の寝顔を間近で見つめる。

寝顔を見るのは初めてじゃないのに、ふわりと胸が温かく

なるのはなぜだろう?

つばさは、起こさないよう斗哉の頬にそっと口づけると、

囁くように言った。


「斗哉……大好き」

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