彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode2 おかしな三角関係

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「ごめんな。こんな気持ち伝えても、どうにもならないって、

わかってて言ったんだ。なんていうか、俺の存在自体が

“心”みたいなもんだからさ。好きだと思ったら、こう、

溢れちゃったんだよね、気持ちが」

あはは、と笑いながら、涼介が両手で空に丸を描いた。

その笑顔に、つばさは、ほっ、とする。そして、こんな時でさえ、

自分に負い目を感じさせまいとする、涼介の優しさが切なかった。

「でも、すっきりした。伝えて良かったよ。

ありがとな。ちゃんと、応えてくれて」

つばさの頭に、涼介の手の平がふわりとのせられる。

つばさは、一度首を横に振って、涼介の顔を覗き込んだ。

たったいま、自分を好きだと言ってくれた涼介は、

明日、自分がここを去っても、彷徨い続けるのだろう。きっと。

加奈子の幸せを見守りながら、ときどき、ツーリングを

楽しみながら、これからもずっと、涼介は天に昇ることはない。

そのことが、つばさはどうしても、悲しかった。涼介を、優しい

この人を、このままここに、置いていくことなんか出来ない。

「ねえ、涼介」

「ん?」

「一緒にさ、加奈子さんのところ行こうか?」

「どうしたんだよ?急に」

突然、何の脈絡もなく、そんな話をされて、

涼介は面食らったように目を丸くした。

「だって、加奈子さんに会ってみれば、どうして涼介が

成仏できないのか、わかるかもしれないじゃん?

とにかく、このまま、涼介をここに放っておくなんて、

出来ないんだ。だから、明日は私と一緒に帰ろう?」

切実な目をしてそう言ったつばさに、涼介は眩しそうに

目を細めた。

「お前って、ほんとに……」

涼介が聞こえるか聞こえないかの声で、ぼそり、と言う。

え?と聞き返したつばさに、首を振ると、涼介はすっと

立ち上がった。

「つばさがそこまで言うなら、一緒に帰ってやるよ」

「ほんと?」

目を輝かせたつばさに、涼介が頷く。つばさは、

立ち上がって良かった、と白い歯を見せた。

「でもいいのか?俺を連れて帰るなんて言ったら、

あの男がまた目を吊り上げるぞ?」

涼介が、みにょーん、と自分の目を指で吊り上げて

見せる。つばさは、ああ、と斗哉の顔を思い浮かべた。

確かに、斗哉の怒った顔は、怖い。

「大丈夫。ちゃんと説明すれば斗哉もわかってくれるよ」

たぶん、と心の中で付け加えながら、つばさは苦笑いした。

「あ、そろそろ部屋に戻ろ?皆が心配してるかも」

すっかり、湯冷めしてしまった腕を擦りながら、

つばさは非常階段のドアに向かう。涼介とここに来てから、

何分経つだろう?そんなことを考えながら、ドアに手を伸ばした。

その手を、涼介が掴んで、振り向かせる。えっ、と目を見開いた

時には、涼介の顔が目の前にあって、頬に何かが触れた。


「!!!!!」


実体がない筈の涼介の唇が、つばさの頬に触れている。

触れていたのは、ほんの数秒で、唇が離された瞬間、

つばさは真っ赤な顔をして、ぶん、と涼介めがけて

ビニール袋を振った。

「あぶねっ!!」

涼介がひょい、と躱して両手で、つばさを制する。

すかっ、と空振りに終わったつばさは、キスされた

ばかりの頬を膨らませて、涼介を睨んだ。

「酷いっ!!不意打ちなんて!!!」

「だって、キスしようとしたら、逃げただろ?

いいじゃん、ほっぺにチューくらい。

この恋の想い出をもらっただけだって」

とぼけた顔をして、涼介がしゃあしゃあと抜かす。

確かに、触れたのは頬だったけれど、限りなく唇に

近かったのだ。つばさはどきどきが収まらない。

「今度こんなことしたら、八つ裂きにするからね!!」

既に、死んでいる涼介をどう八つ裂きにするのか?

そんな理屈などお構いなしに、つばさが噛みつく。

涼介は、おおこわ、と肩を竦めると、いつものように

にかっ、と笑った。

「まあ、こんなのは浮気にもならないって。

寝てる女の子には絶対、手ぇ出さないから、

今夜も安心して寝ていいぞ」
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