Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

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【月が輝く理由】

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母がいない今、馴れ馴れしく“和くん”と呼ばれた

ことも、家族のような顔をして心配されたことにも、

苛立った。もうずっと、会うこともないと思っていた

のに……どうして、いま、このタイミングで、

ここに来たのだろう?不思議で仕方ない。

僕の尖った声に一瞬、顔を強張らせながらも、

高田は財布をポケットにしまって笑った。

「そうだな。早く用を済ませて帰った方が、

 君もゆっくりできるか。まあ、用って言っても、

 これを、返しに来ただけなんだが……」

「返すって、何をですか?」

怪訝な顔をしてそう訊ねた僕に、高田はセカンド

バッグから取り出した封筒を僕の前に置いた。

「これ……」

目の前に置かれたそれに目をやって、高田の

顔をみる。何か、と問わなくても、現金が入って

いるであろうことは、容易にわかった。封筒の厚み

からして、100……200万ぐらいありそうだ。

「何ですか、これ」

僕は封筒の中身を確認しないまま、高田に訊いた。


「これはね、僕が和子から借りていたお金なんだ。

 実は若い頃、事業に失敗してね。僕には簡単に返せ

 ない額の借金があった。事情を知った和子が、

 少しでも早く返せるようにと、工面してくれた

 お金なんだよ」

「母さんが、あなたに……」

僕は複雑な思いで、封筒を見つめた。

毎日、身を粉にして働いていた母の姿が目に浮かぶ。

決して多くはない収入の中から、僕たちの

生活費の中から、母はこの男にお金を渡していた

というのだ。どうしてそこまで?僕は唇を噛んだ。

「もちろん、僕が和子に金の無心をしたわけじゃない。

 そんなことは、一度だって、しなかった。

 君たちに苦労をかけるつもりは全くなかったし、

 一緒に暮らしても籍を入れなかったのは、

 そのためだからね……」

 僕はえっ、と顔を上げた。高田は少しバツが

 悪そうに目を伏せる。は、と息を吐いた。

「和子と結婚して、君を僕の籍に入れることは

 いつだってできた。でも、そうしてしまうと、

 僕にもしものことがあった時、2人にまで

 借金が及んでしまうんじゃないかという不安が

 あったんだ。だから、きっちり返済を終えてから

 籍を入れる。和子とはそう、約束してたんだよ」

僕は初めて聞く話に困惑し、言葉を詰まらせた。

同じ屋根の下に暮らしながら、なぜこの男は母を

“妻”にしようとしないのか?子供ながらに、

密かに、そのことを恨んでいたからだ。

結局、家族のような顔をしていても、

この人が僕の父親になることはない、と。

虚構の優しさに甘えても、いつか、自分が

傷つくだけなのだと、ずっとそう思っていた。

なのに、僕だけが知らされていなかった真実は、

紛れもなく、僕たちへの優しさで……

今さら、どんな顔をしていいかわからない。

「どうして、話してくれなかったんですか。

 知っていれば僕だって……」

もっと、笑っていられたのに。その言葉は、

喉の奥に押し込んで高田の顔を見る。

高田は僕の目を見て頷くと、困ったように笑った。

「まだ小学生だった君に、大人の事情を話すのも

 難しくてね。いや、男として情けないところを

 見せたくない、ってゆう僕の意地も、あったかも

 しれないな。結局、和子に苦労かけちゃったん

 だから、意地も何もないんだけど……」

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