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【真実の輪郭】
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「それで、俺がこのお義兄さんに似ていることが、
どうしてフラッシュバックの引き金になるんです?
彼との間に何かあったんですか?」
永倉恭介が顔を上げて小林医師と父親の
両方を見る。父親はまた苦し気に項垂れて
しまったので、変わりに小林医師が、実は、
と低い声で言った。
「ちょっと申し上げにくいのですが……
彼とその母親、弓月さんにとっては義理の
お母さんにあたりますか…その2人の死が、
彼女のDIDに深く関係しているのです」
「弓月のお義母さんも、亡くなっているんですか?
いったいどうして……」
僕は顔を顰めた。父の再婚でできた新たな家族が
2人とも、死んでいるというのだ。
しかも、弓月は義兄と恋仲だった。
何となく不自然で……嫌な予感がする。
小林医師が机の上で両手を組み、唸った。
「実際のところ、我々にも真相は未だにわかって
いないので、事実としか言えないのですが……
弓弦さんも、弓月さんのお義母さんも、
彼女の部屋のベランダから転落死しているんです。
それもほぼ同時に。そして、彼女はその部屋で
意識を失って倒れていた。2人の死が自死なのか、
それとも事故なのか、真相はわかりません。
ただ、2人の死が弓月さんのDIDの引き金
になったことは間違いないんです」
「転落死……2人とも?」
僕はもう、あまりの事実の重さに
唖然としてしまった。
弓月の笑顔の下に、僕たちが出会う前に、
そんな衝撃的な過去があっただなんて……
どうして想像できただろう?
「ちょっと待ってください。真相がわからない
というのはどういうことですか?その部屋に
弓月さんがいたのなら、彼女が何か知って
いるはずだ。警察だって、彼女から事情を
聞くでしょう?」
永倉恭介が身を乗り出した。僕は“警察”
という言葉にどきりとして、唾を呑んだ。
冷静に考えてみれば、自死でも事故でもなく、
事件である可能性も否定できない。警察だって
2人が死に至った経緯を調べているはずだ。
けれど小林医師はそのことには触れずに、
首を横に振った。
「残念ながら、弓月さんはその時のことを
いっさい覚えていません。それどころか、
彼女にはお義兄さんやお義母さんの存在すら
記憶にないのです。これは解離性健忘という
DID患者の中核症状とも言えますが、
人は極度のストレスや外傷体験を受けると、
自分の心を守るために通常とは違う場所に
エピソードを記憶してしまうのです。だから
記憶自体は脳のどこかに残されていても、
思い出すことはできない。ただ、この出来事を
きっかけに現れた“ゆづる”さんには、
お義兄さんの記憶が残っています。でも、なぜか
彼女の記憶にも2人の死の真相は残されて
いなかった」
どうしてフラッシュバックの引き金になるんです?
彼との間に何かあったんですか?」
永倉恭介が顔を上げて小林医師と父親の
両方を見る。父親はまた苦し気に項垂れて
しまったので、変わりに小林医師が、実は、
と低い声で言った。
「ちょっと申し上げにくいのですが……
彼とその母親、弓月さんにとっては義理の
お母さんにあたりますか…その2人の死が、
彼女のDIDに深く関係しているのです」
「弓月のお義母さんも、亡くなっているんですか?
いったいどうして……」
僕は顔を顰めた。父の再婚でできた新たな家族が
2人とも、死んでいるというのだ。
しかも、弓月は義兄と恋仲だった。
何となく不自然で……嫌な予感がする。
小林医師が机の上で両手を組み、唸った。
「実際のところ、我々にも真相は未だにわかって
いないので、事実としか言えないのですが……
弓弦さんも、弓月さんのお義母さんも、
彼女の部屋のベランダから転落死しているんです。
それもほぼ同時に。そして、彼女はその部屋で
意識を失って倒れていた。2人の死が自死なのか、
それとも事故なのか、真相はわかりません。
ただ、2人の死が弓月さんのDIDの引き金
になったことは間違いないんです」
「転落死……2人とも?」
僕はもう、あまりの事実の重さに
唖然としてしまった。
弓月の笑顔の下に、僕たちが出会う前に、
そんな衝撃的な過去があっただなんて……
どうして想像できただろう?
「ちょっと待ってください。真相がわからない
というのはどういうことですか?その部屋に
弓月さんがいたのなら、彼女が何か知って
いるはずだ。警察だって、彼女から事情を
聞くでしょう?」
永倉恭介が身を乗り出した。僕は“警察”
という言葉にどきりとして、唾を呑んだ。
冷静に考えてみれば、自死でも事故でもなく、
事件である可能性も否定できない。警察だって
2人が死に至った経緯を調べているはずだ。
けれど小林医師はそのことには触れずに、
首を横に振った。
「残念ながら、弓月さんはその時のことを
いっさい覚えていません。それどころか、
彼女にはお義兄さんやお義母さんの存在すら
記憶にないのです。これは解離性健忘という
DID患者の中核症状とも言えますが、
人は極度のストレスや外傷体験を受けると、
自分の心を守るために通常とは違う場所に
エピソードを記憶してしまうのです。だから
記憶自体は脳のどこかに残されていても、
思い出すことはできない。ただ、この出来事を
きっかけに現れた“ゆづる”さんには、
お義兄さんの記憶が残っています。でも、なぜか
彼女の記憶にも2人の死の真相は残されて
いなかった」
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