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【真実の輪郭】

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休日の昼下がり。

僕はいつもより少し賑やかな商店街を、ひとり、

足早に歩いていた。

途中、楽し気な子供たちの声や、軽やかな店のBGMが

耳の横を通り過ぎたが、僕の胸はずっしりと重かった。

頭の中は、弓月のことでいっぱいで、

鼓動ばかりが早い。息をするのも苦しかった。

温かな日差しが周囲を包んでいるのに、僕の周りだけ、

寒く、白い世界に覆われている気分だった。


あの夜。

田辺さんを見送った夜から、

僕は弓月に会えていなかった。

すっかりぬるくなった珈琲を手に、

花屋の前に立ったのは7時を半分過ぎた頃で……

店の灯りはとうに失われていた。

だから仕方なく、僕は来た道を引き返して、

翌日、また、店を訪れることにしたのだった。

ところが、次の日も、また次の日も、

仕事を終え、店に駆け付けた僕が目にしたのは

すでに、明かりを失った花屋だった。

“close”の札が下がるドアノブに手を掛けても、

鍵がかけられているようで動かない。

見覚えのある小花型のライトが、

暗い店内をぼんやりと灯していても、

あの日のように、そのドアの前で声を上げる

こともできなかった。


-----弓月に何かが起きている-----


そんな直感が脳裏を駆け巡って、

僕は咄嗟にポケットから携帯を取り出した。

そして、電話をかけた。

けれど、すぐにその行動に意味がないことを悟る。

弓月は携帯を持っていないのだ。

念の為にと、登録しておいた花屋の番号にかけてみても、

真っ暗な店の中で電話の呼び鈴が鳴るだけだった。

僕はドア越しに数回、その音を聞いて電話を切った。

こんな風に、連絡さえ取れない日が来ることを、

僕は想像もしていなかった。

ほんの数週間前までは、“会いたい”という

互いの気持ちさえあれば、携帯すらも要らなかったのだ。

僕は黒い液晶画面に映る自分の顔を見て、

ため息をついた。弓月は僕の番号を知っていたが、

こうなった今、彼女の方から連絡がくるとも思えない。

あとはもう、あの父親から“真実”を聞き出すしかなかった。

休日の昼間なら、きっと店を開けているだろう。


たとえ弓月には会えなくても……


彼女の父親から何か話を聞けるかもしれない。

僕は逸る気持ちを抑えて、警報音が鳴る踏切の前で止まった。

----何も知らないまま解決できることって、

案外、少ないから----

あの夜の、田辺さんの言葉が耳に甦る。

僕も、今ならそう思えた。

何も知らなければ、変わらずにいられるとは限らない。

真実を知って、それを受け止めることで、

守れる幸せもあるのだろう。

ごぅ、と、強い風と共に目の前を電車が通り過ぎて、

まもなく遮断機が上がった。

つかの間の静けさを取り戻した踏切を、

少し急ぎ足で人々が歩いてゆく。

僕は何かに背中を押されるように、

その中を走り始めた。

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