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【運命の交差点】
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「やっぱり、あなたに決まったわ、福岡。
新しい部署を上手くまとめられるのは
あなたしかいないって、あの人、期待してた。
ごめんなさい…伝えるのが遅くなって」
「ああ……決まったのか。そういえばそんな話、
あったんだよな。すっかり忘れてた」
はは、と乾いた声で笑いながら体を起こすと
俺はソファーから立ち上がった。
部屋の中央に置かれたガラスのローテーブルを
避けて進むと、キッチンのカウンターに置かれた
写真に手を伸ばす。フォトフレームの表面を覆う
ガラスには1本の大きな亀裂がはしっていて、
その向こうで肩を寄せ、幸せそうに笑う二人は
少し年の離れた夫婦のようにも見えた。
俺はガラスの亀裂をそっと指でなぞると、
細く息を吐いた。
「寂しくなるわね、あなたがいなくなると。
って言っても、私はこのまま辞めるつもり
だから、どっちにしろ、もう一緒に仕事は
できないんだけど。……聞いてる?恭介」
「ん?ああ、そっか。そうだな……」
写真を眺めながら、ふと、ゆづるのことを
考えていた俺は、意識の向こうから話しかけて
いた尚美を振り返って苦笑いした。
もちろん、話のほとんどは耳に入っていない。
「ねぇ、どうしたの?まさかこの話、
断るわけじゃないでしょう?」
尚美が心配そうに眉を顰める。
俺は、まあね、と笑って茶を濁した。
企業という組織に勤めている以上、
辞令は絶対だ。
断ればどういうことになるかなど、
十分すぎるほどわかっていた。
それでも-------
ゆづると離れて遠くへ行くという選択は、
今の俺にできる気がしなかった。
「頭」で合理的に考えれば“転勤”という
選択しかあり得ない。
けれど、「心」が選ぶのは“ゆづる”ばかりで、
こればかりはどうしようもなかった。
俺はさりげなく尚美の視線をかわして、
窓の横にある掛け時計に目をやった。
-------時刻は12時3分。
いつもの席で、いつものカクテルを飲みながら、
ゆづるは俺を待っているだろうか?
ふと、彼女の笑みを思い出して頬を緩めた。
ゆづるはきっと、待っているだろう。
俺のことなんか待っていないという顔をしながら、
マスターと二人、待っているはずだ。
今すぐ、あの店に駆けてゆきたい衝動を
ぐっと抑えて俺は尚美を向いた。
頬の爪痕よりも深い傷を心に負った尚美を置いて、
この部屋を出て行くことはできなかった。
「さて、朝まで時間あるし。まずは部屋を片付けるか。
掃除道具あるんだろう?持ってきてくれる?」
シャツの袖を捲りながら、俺は倒れた観葉植物
を顎で指した。尚美が、えっ、と目を丸くする。
突然、話が変わって戸惑っているようだ。
新しい部署を上手くまとめられるのは
あなたしかいないって、あの人、期待してた。
ごめんなさい…伝えるのが遅くなって」
「ああ……決まったのか。そういえばそんな話、
あったんだよな。すっかり忘れてた」
はは、と乾いた声で笑いながら体を起こすと
俺はソファーから立ち上がった。
部屋の中央に置かれたガラスのローテーブルを
避けて進むと、キッチンのカウンターに置かれた
写真に手を伸ばす。フォトフレームの表面を覆う
ガラスには1本の大きな亀裂がはしっていて、
その向こうで肩を寄せ、幸せそうに笑う二人は
少し年の離れた夫婦のようにも見えた。
俺はガラスの亀裂をそっと指でなぞると、
細く息を吐いた。
「寂しくなるわね、あなたがいなくなると。
って言っても、私はこのまま辞めるつもり
だから、どっちにしろ、もう一緒に仕事は
できないんだけど。……聞いてる?恭介」
「ん?ああ、そっか。そうだな……」
写真を眺めながら、ふと、ゆづるのことを
考えていた俺は、意識の向こうから話しかけて
いた尚美を振り返って苦笑いした。
もちろん、話のほとんどは耳に入っていない。
「ねぇ、どうしたの?まさかこの話、
断るわけじゃないでしょう?」
尚美が心配そうに眉を顰める。
俺は、まあね、と笑って茶を濁した。
企業という組織に勤めている以上、
辞令は絶対だ。
断ればどういうことになるかなど、
十分すぎるほどわかっていた。
それでも-------
ゆづると離れて遠くへ行くという選択は、
今の俺にできる気がしなかった。
「頭」で合理的に考えれば“転勤”という
選択しかあり得ない。
けれど、「心」が選ぶのは“ゆづる”ばかりで、
こればかりはどうしようもなかった。
俺はさりげなく尚美の視線をかわして、
窓の横にある掛け時計に目をやった。
-------時刻は12時3分。
いつもの席で、いつものカクテルを飲みながら、
ゆづるは俺を待っているだろうか?
ふと、彼女の笑みを思い出して頬を緩めた。
ゆづるはきっと、待っているだろう。
俺のことなんか待っていないという顔をしながら、
マスターと二人、待っているはずだ。
今すぐ、あの店に駆けてゆきたい衝動を
ぐっと抑えて俺は尚美を向いた。
頬の爪痕よりも深い傷を心に負った尚美を置いて、
この部屋を出て行くことはできなかった。
「さて、朝まで時間あるし。まずは部屋を片付けるか。
掃除道具あるんだろう?持ってきてくれる?」
シャツの袖を捲りながら、俺は倒れた観葉植物
を顎で指した。尚美が、えっ、と目を丸くする。
突然、話が変わって戸惑っているようだ。
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