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【運命の交差点】
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滑らかな白い頬が僅かに赤く染まったのは、
アルコールのせいだけではないだろう。
俺は水滴で濡れた彼女の指を絡めるように握ると、
テーブルの上で重ねた。
「できれば毎晩……眠れない時間を、
こうして一緒に過ごしたいんだけど。どう?」
「……毎晩?」
「そう、毎晩」
「……別に、私は構わないけど。
でも、昨日は店に来なかったじゃない。
あなただって疲れて眠くなる日も…」
そこまで言って、ゆづるは言葉を止めた。
“しまった”という表情を隠しきれず、
ペロリと唇を舐める。
俺は彼女が“うっかり”言ってしまった
その言葉に頬を緩めながら、握る手に力を込めた。
「昨日は…ちょっと仕事が立て込んでね。
会社を出たのが遅かったんだ。だから、
疲れて店に来なかった訳じゃないよ。
もし、君が待ってると知っていれば、
夜中でも来たんだけど……残念。
やっぱり、無理してでも来るべきだったな」
にっ、と笑みを深めてゆづるの様子を窺う。
もちろん、彼女が“俺を待っていた”などと
素直に認める筈はない。けれど、頬の色を
さらに赤く染め、拗ねたように唇を噛んだその
表情は愛おしく、すべてを“肯定”していた。
俺は心の中が温まってゆくのを感じながら、
ゆづるの反論を待った。
「別に…私はマスターのお酒が飲みたくて来た
だけで、あなたを待ってたワケじゃないわ」
予想通りのセリフを言って、残りのカクテルを
一気に飲み干す。溶けて小さくなった氷が、
空っぽのグラスの中をクルクルと転がった。
その時、マスターがハイボールを手に
俺の前に立った。丸い紙のコースターを
手前に敷いて、ロンググラスを置く。
と、ふたりの会話を聞いていたのだろう。
意味ありげな笑みを浮かべながら、
チラと俺の目を見て言った。
「嬉しいね。僕の造る酒が飲みたいなんて。
でも、あまり夜更かしが続くのは感心しないよ。
昨日は閉店まで、ここで飲んでいたからね」
「……閉店まで?」
俺はその言葉を聞いた瞬間、
どんな顔をしていいかわからなかった。
本当に…そんな時間まで、
ゆづるが俺を待っていてくれたのだとすれば、
嬉しい。信じられないほどに。
けれど彼女の体を思えば、
手放しには喜べなかった。
矛盾しているようだが、俺が「毎晩」
彼女と過ごしたいと言った時間の中には
“睡眠”も含まれている。
だから、
一睡もしないまま、朝を迎えるつもりはない。
温もりや朝日をゆづると分け合いたい。
そう思っているだけだった。
「マスター。余計なこと言わないでくれる?
昼間ちゃんと寝てるんだから、私は大丈夫なの」
わかりやすい“しかめっ面”をして、
「おかわり」と言わんばかりに
空っぽのグラスをマスターに差し出す。
俺はその手をグラスごと掴んで留めると、
すっと席を立った。
「出よう」
「ちょっ…なに言ってるの?
まだひと口も飲んでないじゃない!」
俺に出されたばかりのそれに目をやって、
ゆづるが非難の声を上げる。
アルコールのせいだけではないだろう。
俺は水滴で濡れた彼女の指を絡めるように握ると、
テーブルの上で重ねた。
「できれば毎晩……眠れない時間を、
こうして一緒に過ごしたいんだけど。どう?」
「……毎晩?」
「そう、毎晩」
「……別に、私は構わないけど。
でも、昨日は店に来なかったじゃない。
あなただって疲れて眠くなる日も…」
そこまで言って、ゆづるは言葉を止めた。
“しまった”という表情を隠しきれず、
ペロリと唇を舐める。
俺は彼女が“うっかり”言ってしまった
その言葉に頬を緩めながら、握る手に力を込めた。
「昨日は…ちょっと仕事が立て込んでね。
会社を出たのが遅かったんだ。だから、
疲れて店に来なかった訳じゃないよ。
もし、君が待ってると知っていれば、
夜中でも来たんだけど……残念。
やっぱり、無理してでも来るべきだったな」
にっ、と笑みを深めてゆづるの様子を窺う。
もちろん、彼女が“俺を待っていた”などと
素直に認める筈はない。けれど、頬の色を
さらに赤く染め、拗ねたように唇を噛んだその
表情は愛おしく、すべてを“肯定”していた。
俺は心の中が温まってゆくのを感じながら、
ゆづるの反論を待った。
「別に…私はマスターのお酒が飲みたくて来た
だけで、あなたを待ってたワケじゃないわ」
予想通りのセリフを言って、残りのカクテルを
一気に飲み干す。溶けて小さくなった氷が、
空っぽのグラスの中をクルクルと転がった。
その時、マスターがハイボールを手に
俺の前に立った。丸い紙のコースターを
手前に敷いて、ロンググラスを置く。
と、ふたりの会話を聞いていたのだろう。
意味ありげな笑みを浮かべながら、
チラと俺の目を見て言った。
「嬉しいね。僕の造る酒が飲みたいなんて。
でも、あまり夜更かしが続くのは感心しないよ。
昨日は閉店まで、ここで飲んでいたからね」
「……閉店まで?」
俺はその言葉を聞いた瞬間、
どんな顔をしていいかわからなかった。
本当に…そんな時間まで、
ゆづるが俺を待っていてくれたのだとすれば、
嬉しい。信じられないほどに。
けれど彼女の体を思えば、
手放しには喜べなかった。
矛盾しているようだが、俺が「毎晩」
彼女と過ごしたいと言った時間の中には
“睡眠”も含まれている。
だから、
一睡もしないまま、朝を迎えるつもりはない。
温もりや朝日をゆづると分け合いたい。
そう思っているだけだった。
「マスター。余計なこと言わないでくれる?
昼間ちゃんと寝てるんだから、私は大丈夫なの」
わかりやすい“しかめっ面”をして、
「おかわり」と言わんばかりに
空っぽのグラスをマスターに差し出す。
俺はその手をグラスごと掴んで留めると、
すっと席を立った。
「出よう」
「ちょっ…なに言ってるの?
まだひと口も飲んでないじゃない!」
俺に出されたばかりのそれに目をやって、
ゆづるが非難の声を上げる。
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