Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

文字の大きさ
上 下
37 / 105

【恋色スケッチ】

しおりを挟む

「素晴らしい画をありがとう。やっぱり、

 君は天才だな。感動したよ。本当に」

賛辞の言葉を並べても、ゆづるの不機嫌な

それは変わらない。

「で?」

もう用は済んだだろう?と言いたげに横目で

俺を睨むと、手を挙げてマスターを呼んだ。

呼ぼうと、した。

その手を掴んで止める。

怪訝な顔をしてゆづるが俺を向いた。

「悪いけど、ちょっと付き合って欲しい

ところがあるんだ。今日はこのまま店を

出ないか?酒は今度ご馳走するからさ」

「店を出るって……いったいどこ行くの?」

ゆづるが思い切り顔を顰める。俺は構わず、

彼女の手を引いて席を立った。

いま腰掛けたばかりの椅子を下ろされても、

彼女は手を振り払おうとはしない。

それでも、彼女が逃げてしまわないように、

俺はしっかり手を握った。

「ごめん。これで宜しく」

さっと諭吉を一枚テーブルに置いて、

カウンター奥のマスターに片手で詫びる。

彼は肩を竦めて、2度頷いた。

「急ごうか。外に車停めてあるんだ」

「車って…あなた、お酒飲んでるでしょう!?」

店の戸を開けて階段を登る背中越しに、

ゆづるが声を上げる。

はは、と笑いながら俺は振り返った。

「大丈夫。あれウーロン茶だから」

「ウーロン茶!?」

「そう」

あきれたように目を見開いた彼女の瞳には、

楽し気な俺が映り込んでいる。

“どこへ行くの?”という問いかけが

無意味であることを察したのか、

ゆづるは一度開きかけた唇を閉じた。

「わかった。付き合うから、手を離して。

 そんなに強く握ったら、痺れちゃう。

 もう、逃げたりしないから」

繋いだ左手を解くように持ち上げる。

俺は少し考えて、手を緩めた。

「そう?じゃあ、これで」

繋いだ手を離さずに階段を登りきると、

隣に並んで立ったゆづるが横目で睨む。

そしてボソリと呟いた。

「そういうところ、そっくり」

俺は聞こえないふりをしたまま、

薄い雲に隠れるように浮かぶ有明月を

見上げた。


------キッ。


夜のハイウェイを走り抜け、目的の場所で

車を停める。と、フロントガラスの向こうに

広がる景色を目の当たりにして、ゆづるは

驚いた顔をして俺を向いた。

そして、ずっと噤んでいた口を開いた。

「付き合って欲しい場所って、ここ?」

「そう。降りてみる?」

にっ、と笑ってドアを開ける。

すると、冷たい夜風と共にゴウという低い

地鳴りのような音が聴こえてきた。

「きれいだな」

ボンネットの前に立って、俺は目を細めた。

暗い海の向こう側に広がる工場風景が、

幾重もの光と白い煙で夜空を削っている。

人気のない暗闇に浮かぶ金属の巨大建築物は、

普通の街並みでは決して見ることのできない

幻想的な夜景を目の前に創り出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...