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【恋色スケッチ】
しおりを挟む「ピカソも左利きらしいけど……
もともと左利きの人間が少ないから、
目立つだけなんじゃない?偶然よ」
「まぁ、左利きは人口の10%くらいしかいない
みたいだからな。でも、歴史上の偉人に左利き
が多いのも確かだし、偶然と決めつけてしまうのも、
つまらなくないか?俺は、君がそういう才能の
持ち主だと思いたいね」
面食らったように、ゆづるが表情を止める。
彼女の画を見て、才能だの天才だの言う人間は、
もしかしたら、俺が初めてなのかもしれない。
けれどあの画を見たとき、俺は本当に
そう感じたのだ。嘘はついていない。
突然、ゆづるの表情がふっと緩んだ。
初めて見る、笑みだった。
「ほんとうに、可笑しな人。でも、
そんなに褒めてくれるなら、もっと
集中していい画に仕上げなきゃ。
少し黙っててくれる?夜は短いんだから」
宥めるように言って、カクテルに口をつける。
俺も何だか気恥ずかしくなって、肩を竦めた。
「わかった。大人しくしているよ」
コキコキ、と首を鳴らして壁の時計を見る。
時刻は深夜の2時をとうに回っていた。
それからの数時間は、あっという間だった。
さらさらと色鉛筆が紙の上を滑る音に、
時折、マスターが振るシェーカーの音。
そこに緩やかなBGMが重なって、
しだいに瞼が重くなる。無理もなかった。
昨夜も、その前の晩も、俺はほとんど
眠っていない。
疲れた体に酒の酔いも回っていた。
閉じてしまいそうになる瞼をこじ開けて、
壁の時計を見る。見えた時刻は、3時56分。
夜明けまであと僅かだった。
俺はいつしか、視界の中にゆづるを
見つけることが出来なくなっていった。
心地よく沈んでいく意識の向こうで、
彼女の声を聞きたような気がする。
-----おやすみ
優しく穏やかな、母のような声だった。
「……さん、恭さん」
温かな手に肩を揺すられて、俺は重い瞼を
開けた。焦点の定まらない視界に、白い髭を
生やした男がひとり。しゃがみ込んで、
俺を見上げている。
「恭さん。店、閉めていいかな」
その声に反射的に顔を上げた俺は、
寝ぼけた頭で店内をぐるりと見渡した。
-----誰もいない。
目の前にいたはずの、ゆづるの姿もなく、
入り口付近の照明だけを残した店内は、
まだ真夜中のように暗かった。
「ごめん。寝ちまったんだな、俺。
……ゆづるは?」
「さっき帰ったよ。5時頃だったかな?」
「……帰っちゃったのか」
俺は落胆した勢いのまま、
ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしると、
テーブルの上で視線を止めた。
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