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【ゆづると恭介】
しおりを挟む------カチ
気怠い微睡(まどろ)みを、小さな物音が途ぎった。
薄暗い部屋の中で目を凝らすと、
ドアの前に立つ人影が、黒く視界に映る。
「これっきり?」
部屋を出て行こうとする彼女の背中に、
ため息交じりにそう声をかけると、
暗がりから「そう、これっきり」と、
連れない返事が聴こえた。ゆづるの表情は
わからない。けれど、その声音から、
笑んでいるのが想像できた。俺は内心、
そのことに酷く落胆しながら、彼女を
引き留める言葉を探した。
けれど、今日に限って、気の利いた言葉が
見つからない。仕方なく、思ったままを口にした。
「また、会いたい」
「どうして?」
明らかに、好意を含ませた言葉を瞬時に
切り返されて、俺は言葉に詰まった。
どうして?と、聞かれても困る。
出会ったのは、つい数時間前で、
まさか「好きだから」とは言えない。
いまの不確かな気持ちを、どう言葉に
するべきか……俺は体を起こして腕を組み、
しばらく考えた。
「気に入った、からかな」
口をついて出た言葉は、これ以上はないほど、
適切で、ゆえに、口説き文句としては
役に立たなかった。案の定、ゆづるは
数秒の間を置いてぷっ、と吹き出した。
そして、ドアノブに手をかけた。
「日本語って便利ね、本当に。
帰るわ。さようなら」
「………」
爽やかに別れを告げて、彼女の背中が
ドアの向こうに消える。俺はため息をついて、
ベッドに体を預けた。
たった一人、残された室内は静まり
返っていて、ついさっきまでの時間が
まるで夢のようだった。
ちら、と部屋のデジタル時計を見れば、
時刻は3時24分-----
行為を終えてから、1時間ほど
眠りに落ちていたようだった。
俺は、まだ重い瞼を閉じた。
けれど、もう、眠ることはできなかった。
もともと、夜は眠剤がなければ眠れない。
だから、眠りに落ちているようでもそれは
浅く、小さな物音にも気付けたのだ。
-----それにしても、いい女だった。
俺は閉じた瞼の裏で、腕の中の彼女を
思い出した。ベッドの中でしか聴けない
甘い声も、整いすぎた顔立ちも、絹のように
滑らかな肌も、非現実的なまでに美しかった。
気分屋で捉えどころがなく、ともすれば冷淡に
見えてしまう性格も、妖艶な容姿と相まって
美しさを惹き立てていて……そこまで考えて、
俺はひとり、笑った。
もう、会えない女の事を、あれこれ考えても
仕方ない。さよなら、の一言で終わったのだ。
次はない。
俺は起き上がってバスローブを羽織った。
熱いシャワーでも浴びて目を覚まそうと、
ベッドの横をすり抜ける。
その時だった。
ふと、デスクの上で視線が止まった。
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