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【一輪の恋】
しおりを挟むお腹は空いているけど、もう少しこのまま
余韻に浸っていたかった。
けれど、弓月は胸元をタオルケットで
隠しながら、首を振る。
「ううん。早くしないと。8時には帰って、
夕食も作らなきゃならないし」
「そっか。じゃあ、僕も起きるよ」
父親と二人暮らしの弓月には、やらなければ
ならないことも多いのだろう。僕は、ベッドの
下に落ちているTシャツに手を伸ばした。
---トントントン。
キッチンから、小気味よい音が聴こえる。
100均で買った薄いまな板と、
商店街の金物屋で買った小さな包丁で、
弓月は器用に調理を始めた。
「何か足りないものある?」
「手伝おうか?」
手早く食材の下ごしらえを進める
彼女の背に声をかける。けれど、返ってくる
返事は、大丈夫、と、座ってて、の二言で
僕の出る幕はない。仕方なく、僕はスプーン
だけを手に部屋に戻った。
ベッドに腰掛けてみたが、何となく手持ち
無沙汰で落ち着かない。僕はBGM代わりに
ビリー・ジョエルを控えめな音量でかけた。
ベッドに背を預けて脚を伸ばすと、一番好きな
「ピアノマン」が流れ始める。
軽やかなハーモニカから始まるその曲に、
浸りながら目を閉じる。BGMの向こうから、
弓月が食材を炒める音や、シンクを流れる
水の音が聴こえる。こんなゆったりとした、
贅沢な休日を過ごすのは、初めてかもしれな
かった。やがて、「お待たせ致しました」と、
ウエイトレスのような口調でそう言って、
弓月が皿をテーブルに並べた。
すっかり自分の世界に浸っていた僕は、
目を開けて「ありがとう」弓月を見た。
食欲をそそる甘い香りに誘われて、
オムライスに目を向ける。真っ白な皿の上に、
ブラウンソースと、トロトロの卵に覆われた、
洋食屋さん顔負けの逸品がキレイに
盛り付けられていた。
「凄いな。本格的だ」
「まず、見た目は合格かな?
あ、これ…お母様の分ね」
ふふ、と、弓月が小さめの皿に
盛られた、オムライスを差し出す。
「あ、ありがとう」
思わぬ気遣いに、一瞬、どんな顔をして
いいかわからず、僕は、ぎこちなく両手で
その皿を受け取った。仏壇の中の、小さな
遺影の前に皿を置く。
「お線香、あげていい?」
隣に立った弓月が、僕の顔を覗いてそう
聞いたので、僕は目を細めて見せた。
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