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【一輪の恋】
しおりを挟む遮断機がゆっくり、通せんぼをやめて上へあがる。
ちらと、腕時計の時間を確認すると、僕は、まだ
ほんのりと夕陽の残る空の下を走り出した。僕が彼女の
店に通い始めてから、すでに2週間が過ぎていた。
「雨、止んでよかったですね」
「明日はお休みですか?」
他愛のない、そんなやり取りをするだけのひとときが、
僕の中で一番幸せな時間になっていた。
けれどそれ以上、彼女との距離は縮まっていない。
「すごいな…」
花で溢れ返ってしまった仏壇の前で、僕は両手を
腰にあてた。いまや、母の仏壇は真っ白な花で埋もれる
ほどになっていて、不純な動機で飾り立てられた
写真の中の母と目が合うと、ちくりと胸が痛む。
それが今日、彼女に想いを伝えることを決心した
理由のひとつで……確かな自信があるわけでも、
予感があるわけでもなかった。彼女に会えるのは、
もしかしたら、これが最後かもしれない。
そんなことを考えれば、頭の中はくっきりと
冴えてしまって、昨夜は一睡もできなかった。
「こんばんは」
息を切らして店に飛び込むと、彼女は驚いたように
花を運ぶ手を止めた。
「こんばんは。どうかしたんですか?」
はぁ、と、大きく息を吐いた僕の前に立ち、
エプロンで手を拭きながら顔を覗き込む。
僕は肩で息をしながら、心に決めていたことを言った。
「あの……お店にあるトルコキキョウ、全部下さい」
「全部、ですか?」
目を見開いた彼女に、僕は大きく頷いた。
いつもと様子が違う僕に戸惑いながらも、
彼女は言われた通り、花を手に取り始める。
僕はその背中を、汗を拭いながら眺めた。
「1、2、3…………22本ありますけど、
こちらでいいですか?」
白い花束を抱えた、彼女が振り返った。
大きく、また頷いてみせた僕に、後はもう何も
聞かず、彼女は花束をセロファンで包み始める。
今までにはなかった、ピリと張り詰めた空気が、
少しの間二人の間に流れた。
「お待たせしました」
予想以上にズシリと重い花束が、僕の腕にのせられた。
透明のセロファンに包まれた白い花束には、
いつもと同じ水色のシールが貼られている。
ふと、初めは金色のシールが貼られていたこと
を思い出して、僕はその事を彼女に聞いた。
「それは…このお花が贈り物じゃなくて、
お母様へのご供養と聞いて…色を変えたん
です。水色は涙の色っていうイメージが
あったから…」
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