5 / 105
【弓月と和臣】
しおりを挟む
「今日もそのお店行って、遠野(とおの)君の連絡先を
彼女に渡たしたりすれば、何か始まるかも」
ふふっ、と田辺さんが目を細める。その表情は
僕をからかっているのか、それとも、
真剣にアドバイスをしてくれているのか、
よくわからなかった。
「いや、それは、ちょっと……」
僕はぎこちなく笑って俯いた。
年齢=彼女いない歴の僕には、ハードルが高すぎる。
「だってその人、すごーく綺麗なんでしょう?
早くしないと他の人に先越されちゃうよ?
黙って見てるだけじゃ、何にも始まらないし、
こういうのって、勢いが大事なんだから」
目をキラキラと輝かせて、田辺さんが言う。
そしてまた、残りのお弁当を食べ始めると、彼女は
小さくため息をついて「恋かぁ、いいなぁ」と呟いた。
その彼女の薬指には、真新しいマリッジリングが
キラリと誇らしげに光っている。
この図書館に勤めて5年になる僕の、ただ一人の同期で
ある田辺さんが結婚したのは、去年の秋の事だ。
既婚者であり、決して恋愛の対象には成り得ない
彼女は、僕にとって唯一気兼ねなく話せる“女性”で、
口下手すぎる僕に臆することなく、いつも笑って話し
かけてくれる“大切な友人”でもあった。
「はい、コレ。貸してあげる」
お弁当を食べ終えた彼女が、すっ、と僕にメモ帳の
ようなものを差し出した。手に取って見れば、それは
可愛らしいコトリや花で縁取られた、一筆書きの用の便箋で、
僕は、でも、と眉を寄せて彼女の方を見た。
「いいから。気にしないで使って。
私、こういうの沢山持ってるんだ」
にっこりと、笑みをこちらに向けながら、彼女が手で制す。
実のところ、僕が躊躇したのは、“彼女に連絡先を渡す”
ことであって、“田辺さんに便箋を借りる”ことではなかった
のだけれど、今さら誤解を訂正するのも気が引けたので、
僕はありがとう、と、彼女の好意を素直に受け取った。
----さて、どんな事を書こう----
田辺さんから借りた便箋をエプロンの大きなポケットに
しまいこんだ僕は、パソコンの前で時折、手を止めながら
思い悩んでいた。45分という短めの休憩時間を終え、
フロアーに戻ると、新規の書籍が山のように積み上げられていて、
僕は思わず息を呑んだ。
「これ、頼むよ。全部ね」
黒縁のメガネをかけて、見事なまでに髪を7:3分けにしている
館長の近藤さんが、威圧感を漂わせながらボソリとそう言った。
「……はい」
隣に立つ、近藤さんに返事をすると、メガネの奥の瞳が、
いっそう鋭い光を放った。彼は誰に対してもそうなのだ。
そうわかっていても、近藤さんから頼まれる仕事は
余計なプレッシャーがかかってしまう。
なので、いつもならそれほど長い時間を要さない入力作業が、
今日に限って中々はかどらない事に、僕は焦りを感じていた。
彼女に渡たしたりすれば、何か始まるかも」
ふふっ、と田辺さんが目を細める。その表情は
僕をからかっているのか、それとも、
真剣にアドバイスをしてくれているのか、
よくわからなかった。
「いや、それは、ちょっと……」
僕はぎこちなく笑って俯いた。
年齢=彼女いない歴の僕には、ハードルが高すぎる。
「だってその人、すごーく綺麗なんでしょう?
早くしないと他の人に先越されちゃうよ?
黙って見てるだけじゃ、何にも始まらないし、
こういうのって、勢いが大事なんだから」
目をキラキラと輝かせて、田辺さんが言う。
そしてまた、残りのお弁当を食べ始めると、彼女は
小さくため息をついて「恋かぁ、いいなぁ」と呟いた。
その彼女の薬指には、真新しいマリッジリングが
キラリと誇らしげに光っている。
この図書館に勤めて5年になる僕の、ただ一人の同期で
ある田辺さんが結婚したのは、去年の秋の事だ。
既婚者であり、決して恋愛の対象には成り得ない
彼女は、僕にとって唯一気兼ねなく話せる“女性”で、
口下手すぎる僕に臆することなく、いつも笑って話し
かけてくれる“大切な友人”でもあった。
「はい、コレ。貸してあげる」
お弁当を食べ終えた彼女が、すっ、と僕にメモ帳の
ようなものを差し出した。手に取って見れば、それは
可愛らしいコトリや花で縁取られた、一筆書きの用の便箋で、
僕は、でも、と眉を寄せて彼女の方を見た。
「いいから。気にしないで使って。
私、こういうの沢山持ってるんだ」
にっこりと、笑みをこちらに向けながら、彼女が手で制す。
実のところ、僕が躊躇したのは、“彼女に連絡先を渡す”
ことであって、“田辺さんに便箋を借りる”ことではなかった
のだけれど、今さら誤解を訂正するのも気が引けたので、
僕はありがとう、と、彼女の好意を素直に受け取った。
----さて、どんな事を書こう----
田辺さんから借りた便箋をエプロンの大きなポケットに
しまいこんだ僕は、パソコンの前で時折、手を止めながら
思い悩んでいた。45分という短めの休憩時間を終え、
フロアーに戻ると、新規の書籍が山のように積み上げられていて、
僕は思わず息を呑んだ。
「これ、頼むよ。全部ね」
黒縁のメガネをかけて、見事なまでに髪を7:3分けにしている
館長の近藤さんが、威圧感を漂わせながらボソリとそう言った。
「……はい」
隣に立つ、近藤さんに返事をすると、メガネの奥の瞳が、
いっそう鋭い光を放った。彼は誰に対してもそうなのだ。
そうわかっていても、近藤さんから頼まれる仕事は
余計なプレッシャーがかかってしまう。
なので、いつもならそれほど長い時間を要さない入力作業が、
今日に限って中々はかどらない事に、僕は焦りを感じていた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。


【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる