Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

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【弓月と和臣】

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「今日もそのお店行って、遠野(とおの)君の連絡先を

 彼女に渡たしたりすれば、何か始まるかも」

ふふっ、と田辺さんが目を細める。その表情は

僕をからかっているのか、それとも、

真剣にアドバイスをしてくれているのか、

よくわからなかった。

「いや、それは、ちょっと……」

僕はぎこちなく笑って俯いた。

年齢=彼女いない歴の僕には、ハードルが高すぎる。

「だってその人、すごーく綺麗なんでしょう?

早くしないと他の人に先越されちゃうよ?

黙って見てるだけじゃ、何にも始まらないし、

こういうのって、勢いが大事なんだから」

目をキラキラと輝かせて、田辺さんが言う。

そしてまた、残りのお弁当を食べ始めると、彼女は

小さくため息をついて「恋かぁ、いいなぁ」と呟いた。


その彼女の薬指には、真新しいマリッジリングが

キラリと誇らしげに光っている。

この図書館に勤めて5年になる僕の、ただ一人の同期で

ある田辺さんが結婚したのは、去年の秋の事だ。

既婚者であり、決して恋愛の対象には成り得ない

彼女は、僕にとって唯一気兼ねなく話せる“女性”で、

口下手すぎる僕に臆することなく、いつも笑って話し

かけてくれる“大切な友人”でもあった。


「はい、コレ。貸してあげる」

お弁当を食べ終えた彼女が、すっ、と僕にメモ帳の

ようなものを差し出した。手に取って見れば、それは

可愛らしいコトリや花で縁取られた、一筆書きの用の便箋で、

僕は、でも、と眉を寄せて彼女の方を見た。

「いいから。気にしないで使って。

私、こういうの沢山持ってるんだ」

にっこりと、笑みをこちらに向けながら、彼女が手で制す。

実のところ、僕が躊躇したのは、“彼女に連絡先を渡す”

ことであって、“田辺さんに便箋を借りる”ことではなかった

のだけれど、今さら誤解を訂正するのも気が引けたので、

僕はありがとう、と、彼女の好意を素直に受け取った。



----さて、どんな事を書こう----


田辺さんから借りた便箋をエプロンの大きなポケットに

しまいこんだ僕は、パソコンの前で時折、手を止めながら

思い悩んでいた。45分という短めの休憩時間を終え、

フロアーに戻ると、新規の書籍が山のように積み上げられていて、

僕は思わず息を呑んだ。

「これ、頼むよ。全部ね」

黒縁のメガネをかけて、見事なまでに髪を7:3分けにしている

館長の近藤さんが、威圧感を漂わせながらボソリとそう言った。

「……はい」

隣に立つ、近藤さんに返事をすると、メガネの奥の瞳が、

いっそう鋭い光を放った。彼は誰に対してもそうなのだ。

そうわかっていても、近藤さんから頼まれる仕事は

余計なプレッシャーがかかってしまう。

なので、いつもならそれほど長い時間を要さない入力作業が、

今日に限って中々はかどらない事に、僕は焦りを感じていた。

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